影視で知ろう中国文化⑯『国宝』と『覇王別姫』映画がつなぐ、日中伝統演劇の世界

中国エンタメ

 今年6月に劇場公開されてから、2か月超えのロングランヒットを飛ばしている日本映画『国宝』。任侠の息子が歌舞伎役者の養子となり、血筋を重んじる歌舞伎界で生き抜く物語が、国内興収100億円突破の大躍進を遂げています。作品を手がけた李相日(りそうじつ)監督は、7月に中国で開催された上海国際映画祭に登壇。その際、『国宝』が中国映画『さらば、我が愛/覇王別姫(はおうべっき)』(以下:覇王別姫)に影響を受けたと語りました。

『国宝』
©2025 映画「国宝」製作委員会
配給:東宝

 映画『覇王別姫』(1993年)は、レスリー・チャン演じる中国伝統演劇・京劇の役者程蝶衣(チェン・ディエイー)が歩んだ波乱の人生を描いた作品。公開後、カンヌ国際映画祭パルムドール賞を受賞、さらにアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、世界に京劇の存在を知らしめました。『国宝』には主人公が女形の才を覚醒する場面や舞台以外で踊る場面など、李監督の言葉通り『覇王別姫』へのオマージュが多数存在します。

とはいえ、2作品の物語の根幹は全く異なり、それぞれ独自の魅力を放っています。血筋を一つのキーワードにした『国宝』に対して、『覇王別姫』は、京劇が政治的イデオロギーによる弾圧を経験し、時代に翻弄された過去を鮮烈に描いています

『さらば、我が愛/覇王別姫』
©1993 Tomson(Hong Kong)Films Co.,Ltd.
配給:ヘラルド・エース/日本ヘラルド映画、KADOKAWA(4K版)

 京劇とは中国の伝統音楽劇(中国オペラ)のひとつで、歌唱や舞踏、立ち回りなどから構成された総合芸術です。18世紀末に安徽省の地方劇が北京に伝わり、19世紀に様々な演劇様式と融合、北京の京を取って「京劇」として確立しました。

映画『覇王別姫』の題名は、楚の将軍・項羽と愛妾の虞姫を描く京劇演目に由来しています。劇中には京劇をはじめとした中国オペラが登場し、登場人物の心情などを投影しています。

 京劇は、日中戦争時には日本軍のプロパガンダに利用されました。そんな中、京劇の伝説的女形役者である梅蘭芳(メイ・ランファン)が、日本兵の前での上演を拒否し続けた逸話もあります。

文化大革命時(1966年−76年)には古典演目が廃止され、役者は迫害対象となりました。この間、多くの著名役者が餓死などで命を落としました。映画『覇王別姫』でも、主人公を含む京劇役者たちが公衆の面前で辱めを受ける場面があり、当時の政治的弾圧を克明に描いています。

 文革終結後、京劇は再評価され、国際舞台での上演が増加。『覇王別姫』のヒットも京劇の世界的知名度を上げる後押となりました。その結果、2010年にはユネスコ無形文化遺産に登録。さらに、2014年には3D映画化された京劇が北米で上映され、最先端の映像技術との融合も進んでいます。

 歌舞伎と京劇はその表現方法に共通点も多く、戦前から関係者同士の交流が続いてきました。映画『国宝』によって歌舞伎に関心を持つ人が増えましたが、映画『覇王別姫』も、『国宝』のヒットをきっかけに日本の幅広い層から注目を浴びています。

『国宝』と『覇王別姫』を通して、日本と中国の伝統芸能の認知度がさらなる広がりを見せ、歴史の記憶を踏まえた文化交流が続くことを願います。た壮大なSFの世界観で、“今までの中国像”をゆるやかに塗り替えつつあります。

 ちょっと一言: 中国オペラはほかにも雲南省昆明市の昆劇や四川省の川劇、広東省の粤劇(えつげき)などがあり、それぞれ独自の発展を遂げましたが、京劇同様文革時の弾圧で、技術や衣装などの知的財産をほぼ失いました。現在も復興中ですが、当時の芸術水準を取り戻すのは難しいと言われています。

西木南瓜(さいき かぼちゃ)

SNSクリエイター・コラムニスト。名古屋在住。アジアの映画をこよなく愛する影迷(映画ファン)。上海外国語大学修士課程修了後、中国語講師を経て映画公式SNSの運用代行や宣伝企画、広告プランニングなどで活動中。

今回紹介したコラムは『聴く中国語』2025年11月号に掲載しております。

コメント