外国の映像作品には言語以外にも、日本と異なる文化風習が随所にちりばめられています。本コラムでは、中国の映像作品に登場するモノの背景にスポットを当て、中国の文化を紐解きます。
今回は心が1997年の10月に取り残されてしまった人々を描くドラマ『ロング・シーズン 長く遠い殺人』の「東北グルメ」について紐解いていきます。
この作品は、2023年配信の全12話からなるノワールドラマ。監督やメインスタッフは、以前取り上げた『バッド・キッズ 隠秘之罪』を手掛けた辛爽(シンシュアン)監督をはじめとする、気鋭のヒットメーカー集団です。今作も配信当初から人気は凄まじく、辛口評価で有名な口コミサイトの評価は9.4/10。
配信から1年経った今年6月にも地上波で再放送されました。綿密に張られた伏線の数々は、見返すほどに深みが増す、まさに「スルメ作品」です。三つの時間が同時進行する斬新なストーリー構成で、主人公の王響(ワンシャン)は、かつて機関士として街をまとめるリーダーでしたが、今ではしがないタクシードライバー。仕事一徹頑固親父が、周囲の身体を気遣う好々爺へ一瞬で変貌しているのも見どころ。
そして今回は、毎話必ず登場する「中国東北料理」たちにフォーカスします。物語の舞台は中国東北部、吉林省付近をモデルにした架空都市。しかし食に関しては実在する冬の“飯テロ”東北料理がずらり。
王響の亡くなった一人息子、王陽(ワンヤン)が好んで食べていた「水かけご飯(水捞饭)」もその一つ。炊いたご飯に水を通して涼しくしたシンプルな料理で、東北地方では夏の風物詩として親しまれています。しかしドラマの季節は10月、王響も言及していますが寒い時期に食べるものとしては不向きです。体を冷やす食事をする息子を案じ、王響や妻の美素(メイスー)が作る料理は、冷え込む身体が一気に温まるものばかりで、東北地方の冬を代表する郷土料理です。
東北で調理に欠かせない鉄鍋で作る「インゲンの煮物(炖豆角)」や、「春雨の酸菜炒め(酸菜粉)」。王陽は生前も、そして王響の幻影として登場した時も、王響の料理に手をつけません。唯一、美素の作った「豚肉の甘酢あん(锅包肉)」だけは冷めてしまったあとで、想い人の沈墨(シェンモー)と分け合いながら一切れつまみました。その後、彼が最期に口にしたのはやはり冷たい水に浸かった「水かけご飯」でした。偶然か必然か、食をめぐるシーンは王陽のたどる運命を暗示しているようにも取れる巧みな演出でした。
過去の息子と今の息子の対比を表現する上でも、食事シーンは大きな役割を果たしています。王陽の死後、王響が養子の北(ベイ)に手料理を勧める際には、養父を労る北の性格を表すように素直に料理を口に運びます。食卓に並ぶ料理やセリフなど王陽の面影を感じるあたり、無意識のうちに北に王陽を重ねる王響の心情をうまく表現していました。
ストーリー構成上、90年代〜2010年代の時代考証に沿ったセッティング。ノスタルジア、懐かしさが幅広い年代の観客に呼び寄せる共感性は絶大です。
登場する東北料理は、一見すると地域のリアリティを形づくるための要素のようですが、その存在感は隠し味のように後から効いてきます。本当は登場人物の心情や人柄、命運を映し出す鏡としての役割を秘めているのかもしれません。
それでは次回もお楽しみに、再见!
西木南瓜(さいき かぼちゃ)
SNSクリエイター・コラムニスト。名古屋在住。アジアの映画をこよなく愛する影迷(映画ファン)。上海外国語大学修士課程修了後、中国語講師を経て映画公式SNSの運用代行や宣伝企画、広告プランニングなどで活動中。
今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2024年10月号に掲載しております。
コメント