足!足!

バイリンガル日中ことば日記

 

 大家好!いかがお過ごしでしょうか。中国語には、“三天打鱼,两天晒网”ということばがあり、「3日漁に出かけたら、2日は網を干す→三日坊主」という意味ですが、英語に限らず、筆者の外国語の勉強はだいたい“三天打鱼,两天晒网”で終わってしまいます。働きながらですと、なかなか外国語学習のための時間を確保しづらいですよね。三日坊主でも、「一年のうち、三日坊主を10回やったとして、トータルで30日にもなる」とポジティブに考えるようにしています。仕事などでまとまった学習時間が取れないときは、“零碎时间(スキマ時間)”をいかにうまく使えるかが大事となってきます。筆者の場合、電車などの移動時間は基本的に外国語を聞くようにしています。ユーチューブやラジオ、ポッドキャストなど、ジャンルや媒体を問わず、興味がある内容であれば何でも教材として聞いています。中国語と日本語のものは内容が理解できるので、ことばの勉強と同時にいろんな知識を吸収することができて楽しいのですが、英語は全く理解できず、ただのBGMに化しています。聞いていても内容を理解できないとき、それでも聞き続けることにどれほどの意味があるのでしょうか。正直筆者も確かな答えをもっていません。ただ、昔日本に来たときに聞いていた日本語も、今の英語と同じでした。意味をもたないただの音声でしたが、それが徐々に意味と結びついた「ことば」となっていきました。外国語の中に浸かることは、泳げないままいきなり海に放り出されたようなもの。もがいていればきっといつか、知らないうちに泳げるようになるのだと思います。

1984年天津生まれ。14歳で来日。日本の中学、高校を卒業後、慶應義塾大学、同大学院へ進み、中国文学専攻で学ぶ。専門は中国語学、認知言語学。現在は中国語の文法に関する研究を行う傍ら、関東圏の大学で中国語を教える。自身が十代の頃に日本語という大きな外国語の「壁」にぶち当たった経験から、ことばの意味や外国語習得に強い関心をもつようになる。趣味はドラマ鑑賞、外国語学習。これまで、日本語や英語以外に、韓国語、フランス語、ドイツ語の学習歴をもつ。近年、言語学に関する書物を読みながら、生涯続けていける、楽しい外国語の学び方を日々模索中。単著に『勉強するほど面白くなる はじめての中国語』(2023年 新星出版社)、共著に『認知言語学を拓く』(2019年 くろしお出版)などがある。

 今月も筆者のちょっとした失敗談から日中のことばの違いについて考えてみます。日本語の意味がわからないため勘違いをしたお話です。筆者は健康のため週2回近所のプールで泳いでいます。毎回、クロールを1500m、バタ足を500m、というノルマを自分に課しているにもかかわらず、泳ぎが全く上手になりません。毎回必ず、隣で泳いでいる80代の方々に追い抜かれます。悔しく、もっと早くなりたいと思った筆者は、コーチの先生に意見を求めたところ、「足を意識すること。」というアドバイスを頂きました。「足を意識するだけで早くなれるの?」と半信半疑でしたが、その日はとりあえず、ずっと足のことだけを考えて泳ぎました。しかし、ちっとも早くなれませんでした。別の日、友人にこのことを話しました。「先生に足を意識するとクロールが早くなるといわれ、ずっと頭の中で、「足!足!」と思って泳いだけど、全然効果がなかった。変だね」と言ったら、また即座に友人に爆笑されました。

 ところで、皆さまはもうオチが見えましたか。日本人であれば、「足を意識すること」っていわれたら、それは何を意味するのか、きちんと理解できますね。そうです、「足を意識する」は別に、「足を考える、足に注意を向く」というだけのことではない、のですね。友人に教えてもらって初めて分かったのですが、コーチの先生が筆者に伝えたかったのは、「足をしっかり動かすことを意識すること」だったようです。それを理解できない筆者は、「足を意識する」という日本語を文字通りに解釈し、意識的に足を動かす代わりに、ただひたすら足のことを考えていたのでした(笑)。実を言うと、足について考えることは意外と難しいです。「足の何を考えたらいいんだろう。足は動いているかな。動いているといいな」的なことを考えながら泳いでいました。日本語の「足を意識する」は、足そのものを意識するというより、「足を動かすことを意識する」という意味まで含んでいることは、もしかしたら筆者のような中国語話者には難しく、気づきにくい可能性があると思いました。といいますのは、中国語は日本語よりも動詞を使った表現を好みます。例えば、「映画が好き→喜欢电影」「卓球が上手→乒乓球得好」「英語ができる→会英语」などはよく知られている日本語と中国語の違いです。これまで、筆者はこうした表現の違いをただ単に日本語と中国語の「好みの問題」だと思っていました。なぜなら、“喜欢电影”から動詞を抜いて、“喜欢电影”といっても言いたいことが伝わるからです。“我会英语”も特に間違った文ではありません。つまり、動詞をつけなくても大した問題ではなく、一応中国人には伝わるはずだと思っていましたが、それには限度があることが今回の誤解でわかりました。例えば「足を意識する」をそのまま注意腿(“注意”:「意識する」)”に訳しても、「足に注意を向ける」という文字通りの意味になるか、あるいは全く通じないかのどちらかになる可能性が高いです。“注意腿的动作(足の動きを意識する)”“有意识地踢腿(意識して足を蹴る)”のように動詞などを使って具体的に「足の何」に対して意識をするのかまで言わないと伝わりにくいかもしれません。

 こんなに長く日本にいて、「足を意識する」という表現の意味をちゃんと理解していなかったことにショックを受け、インターネットでほかに似た表現はないか検索してみました。「お腹を意識する」、「顔を意識する」、「背中を意識する」、「指の筋肉を意識する」、「鼻をしてみてください」など、日本語では「(体)を意識する」の表現が実に多いことに気づきました。これらは体を使った動きや様々なエクササイズの文脈で用いられ、いずれも「体そのものを意識する」というより、「その部位を使った動きを意識する」意味を含んでいます。例えば、「お腹を意識する」は腹式呼吸に関する記事の表現で、「お腹に力を入れる、お腹を意識してへこませる」という意味でした。「背中を意識する」は、散歩時の姿勢に関するもので、「背筋をきれいに伸ばしながら歩くと効果的」という説明がありました。きっと日本語話者の皆さまにとって、具体的な説明がなくても、「お腹を意識する」や「背中を意識する」は何を意味するのかが瞬時に理解できるのだと思います。一方、中国語にはこのような「(体)を意識する」的な表現はあまり思い当たりません。そもそも、「〜を意識する」というような言い方があまりない気がします。試しに、ヨガ、散歩などの運動やエクササイズについて解説している中国語のサイトをいくつか読んでみましたが、「〜を意識する」にあたる“注意~~”“有意识地~”といった表現がほぼ見当たらず、“挺胸收腹(背中を伸ばし、お腹をへこませる)”のような具体的な指示ばかりでした。どうやら、日本語と中国語は表現の好みにおいてかなり違いがあって、直訳だとうまく伝わらない場合があるようです。ではまた次回お会いしましょう!

今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2025年8月号に掲載しております。

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