影視で知ろう中国文化⑮照らされるほどに、その影は濃く〜映画『HERO英雄』、消費される中国像〜

中国エンタメ

 

 世界にその名を知らしめる中国の名監督、張芸謀(チャン・イーモウ)。2024年12月、彼の初期3作品が「張芸謀 チャン・イーモウ 艶やかなる紅の世界」として日本のスクリーンに蘇りました。

 日本で最も馴染み深いチャン監督の作品といえば、やはり2002年に公開された『HERO 英雄』。この作品は、公開からすでに約23年が経過した今、日本および世界の観衆に与えた影響は、果たして華々しいだけだったのでしょうか。

映画「英雄 ~HERO~」
© 2002 Elite Group Enterprises, Inc. All Rights Reserved. Artwork and Design ©2003 Elite Group Enterprises, Inc. All Rights Reserved.
配給:ワーナー・ブラザース

 映画『HERO 英雄』は、映像美とスペクタクルが融合した武侠アクション映画。主人公無名(ウーミン)を演じたジェット・リーをはじめ、刺客役のトニー・レオンマギー・チャン、ドニー・イェンらが躍動する、優美かつ幻想的なアクション。2002年第60回米国ゴールデングローブ賞にもノミネートされ、“美しい中国”のイメージを強烈に印象づけました。

 物語の舞台は中国戦国時代の秦国後の始皇帝・秦王のもとに、3人の刺客を討ち取ったという男・無名が現れます。

物語は、語られる内容や視点の変化に応じて、赤・青・緑・白と基調となる色彩が切り替わり、それぞれの感情や真実を映し出すように美しく展開していきます。

巨額の制作費に加え、日本人デザイナーによる衣装デザイン、韓国のVFX映像技術も投入され、まさに「アジアの総力」で生み出された作品といえるでしょう。

 本作の大成功を受け、2004年には姉妹作『LOVERS』が公開され、さらに両作に出演した女優チャン・ツィイー『SAYURI』(2005年)でハリウッド進出を果たすなど、中国映画の国際進出における転換点となりました。

映画「LOVERS」
©2004 Elite Group(2003)Enterprises Inc.
配給:ワーナー・ブラザース

 しかし、この“完璧な中国の美”を描いた映画が残したものは、必ずしも華やかな記憶だけではありません。

 作中の秦軍の騎馬シーンでは、秦王が黒を好んだという史実に基づき、約5000頭の馬に黒スプレーをかけるという荒技が試みられました。ところが、馬の汗でスプレーはほとんど溶け落ちてしまい、最終的にCGで黒馬を増やす処理がなされました。

 また、水面で繰り広げられる無名と刺客の残剣(ツァンジェン)の決闘シーンでは、湖面に透明なアクリル板を敷いたことで藻が大量発生。環境団体からの抗議を受け、製作陣は環境修復のために高額な作業を行うこととなりました。さらにこの撮影では、ジェット・リーがアクリル板で滑り、足の靭帯を損傷。

 このように、今では考えられないほど過酷で危険な環境の中で、“完璧な映像美”はつくられていたのです。

 欧米で高い評価を受けた一方で、国内では当時「内容の薄い虚構美に偏った作品」として酷評されました。映画の公開は、中国美学の真骨頂を見せつけた一方で、中国映画=武侠アクションという固定概念を世界に植え付けてしまったのです。このため、中国映画は、長年カンフーや時代劇要素を避けては通れなくなりました。

 それを覆すきっかけとなったのが、中国SF小説『三体』の世界的ヒット。2023年にドラマ化されたこの作品は、現代を舞台とした壮大なSFの世界観で、“今までの中国像”をゆるやかに塗り替えつつあります。

ドラマ「三体」
©TENCENT TECHNOLOGY BEIJING CO., LTD.

 光に照らされるものに必ず影ができるように、『HERO 英雄』が脚光を浴びた裏で一面的な中国映画のイメージが生まれました。

 一部のヒット作だけで一国の映画の傾向を決めつけてしてしまうのは、その国の映画の豊かさを見失うことにもつながるのではないでしょうか。

 今、中国映画は武侠アクション以外にも様々なジャンルが制作され、日本でも多様な中国映画を観られるようになってきました。

 固定観念にとらわれず、多様な中国映画を鑑賞すること。それこそが、今までのイメージギャップを解消するきっかけになるのかもしれません。

―――あなたは、中国映画のどんなところが好きですか?

映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』予告編

西木南瓜(さいき かぼちゃ)

SNSクリエイター・コラムニスト。名古屋在住。アジアの映画をこよなく愛する影迷(映画ファン)。上海外国語大学修士課程修了後、中国語講師を経て映画公式SNSの運用代行や宣伝企画、広告プランニングなどで活動中。

今回紹介したコラムは『聴く中国語』2025年10月号に掲載しております。

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