インタビュー!キュレーター・張瑜さん

インタビュー

中国語語学誌『聴く中国語』は毎月、日本で活躍している中国の有名人や日中友好に貢献している日本人にインタビューをしています。

今回は、長年にわたり日中の美術展の企画・運営に携わってこられたキュレーター・張瑜さんにお話を伺いました。その多彩で波乱に富んだ“キュレーター人生”を伺ってみましょう!

 張さんは1950年代、上海・思南路に生まれました。この通りは歴史と文化の香りが色濃く、孫文の記念館や周恩来の旧宅、梅蘭芳の旧宅などが点在しています。しかし文化大革命の時代、家庭は「抄家」と呼ばれる家屋の略奪を受け、張さんの家も一部の部屋を失いました。10歳の頃の経験は辛く、家を荒らされるのをただ見ているしかなかったと振り返ります。

 「それでも、助けてくれる人もいて、辛い経験の中でも人の優しさを知ることができました。後に日本に留学した時も、あの経験に比べればどんな困難も小さく感じました」と語ります。

 当初は「日本からの招きとは怪しい」と反対されましたが、1986年1月7日に中央から海外留学支援の通達が出たことで、難関を乗り越え日本に渡ることができました。産業能率大学で経営管理を学びながら、東芝や三井物産などで通訳を経験し、人脈を広げていきました。

 画廊で働く中、張さんは理想主義的な性格から、約束した企画を必ず実行したいという思いが強くなりました。ある企画でスポンサーが大幅に支援額を減らすと、会社の判断では中止となるところでしたが、張さんは中国側への信頼を守るため独立を決意。自ら資金を借りて会社を設立し、企画を実行に移しました。

 1994年、自身の会社を設立し、中国美術家協会の協力や、旧友のサポートも得て、日本での展覧会企画を本格的に始めます。河北倫明氏や鈴木敬氏といった日本の美術評論家との出会いも、後の活動に大きな影響を与えました。

 張さんが手がけた展覧会の中でも特に印象深いのは、上海美術館で開催した北海道立近代美術館所蔵の浮世絵展です。テーマは「美人画」。中国ではまだ浮世絵が知られていない時期で、全国各地から美術家協会の関係者が集まり、大きな反響を呼びました。

 「展覧会を一つ開催するには、多くの調整や準備が必要です。作品の確認、貸出交渉、会場選定、来場者数の見込み、スポンサー探し、運送・保険など、全てが綿密に計画されなければなりません」と張さん。実際、浮世絵展の準備には9年の歳月を費やしました。

上海美術館

 また、岡山県で開催した「郭沫若展」では、県人口を上回る来場者数を記録しました。招待券の配布や小中学生の来場促進、国宝展との同時開催など、様々な工夫が実を結びました。

郭沫若氏
岡山県立美術館

 張さんは上海万博でも日本館を担当し、博物館の展示や映像制作にも携わりました。江戸時代の映像制作ではCGを用いた立体的演出を行い、後に北京の故宮博物院でも同様の手法が取り入れられるなど、影響を与えました。

 「万博も展覧会の企画と本質的には同じです。相手の立場を考え、信頼関係を築くことが大切です」と張さん。日中両国の協力関係を大事にし、利益の分配や感謝の言葉を忘れない姿勢が、長年の信頼を築く基盤となっています。

 張さんはこれまで、規模の大きな展覧会だけで23回、小規模も含めれば100回以上を手がけ、1989年から2019年まで31年間継続してきました。その原動力は「展覧会が無事に開幕した瞬間」の感動だと言います。

 「展覧会の目的は、作品の魅力を伝えるだけでなく、国や文化の素晴らしさを知ってもらうことです。中国作品を日本に、あるいは日本作品を中国に紹介する時、相手の立場に立ち、誠実に対応することが大切です」と語ります。

 また「良い作品とは、観る人が美しいと感じるものであり、技術以上に作家の心が伝わることが重要」とも。中国の水墨画は「一気呵成」のおおらかさが特徴で、日本画は緻密さや厳密さが大事だと比較します。

展覧会に対する考え方

 張さんにとって、展覧会とは単なる作品展示ではなく、夢を形にする努力の積み重ねです。「寝て見る夢ではなく、自分の足で一段一段登るような努力が必要」と言います。そして、誠実に働き、相手を思いやる姿勢が信頼を生み、やがて大きな成果につながると考えています。

 張さんの活動の根底には、「自国の素晴らしさを伝えること」と「相手を思いやる誠実さ」があります。展覧会は単なる趣味や仕事ではなく、文化交流の橋渡しであり、信頼と感謝の積み重ねで成り立つものです。

 「一つひとつの企画を丁寧に積み重ねることで、観る人の心に残る展覧会になる」と張さん。写真とともに彼女の歩みを見ると、31年間の努力と情熱がしっかり伝わってきます。

キュレーター

張 瑜

プロフィール

キュレーター、古美術商、三級経営指導士。

日本名:酒井友子

上海・思南路に生まれ、1986年に来日。以来、日中文化交流の架け橋として数多くの美術展を企画・開催。 故宮博物院、上海美術館、岡山県立美術館、北海道立近代美術館、上海万博博物館などとの共同企画展は高く評価され、日中双方で多数の受賞歴をもつ。

今回のインタビューの続きは月刊中国語学習誌『聴く中国語』2025年10月号に掲載されています。さらに詳しくチェックしてみたい方は、ぜひ『聴く中国語』2025年10月号をご覧ください。

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