大家好!今月は日々中国語を教える中で感じた様々なことをお話したいと思います。その前にまずはドラマ方面の話題から。今月は中国ドラマを計5作品見ました。特にお勧めしたいのは、まだ日本未公開の、『亲爱的仇敌』と『蔷薇风暴』という2作品です。
どちらも現代社会に生きる女性にフォーカスしたもので(後者の方は中国のスタートアップ企業やそれを支える投資事業が抱える様々な難題をも取り上げています)、30代以上の女性なら国を問わず共感できる部分が多いと思います。
中国ドラマは話数が長い分、リアリティやディテールがよく描かれています。このディテールの追求に大きく貢献しているのは、俳優たちの迫真の演技です。今回のこの2作品でヒロインを務めたのは、高葉という女優さんですが、迫真の演技に加え、彼女が話す中国語は本当に魅力的です。「自分もこんなふうに中国語を発音できたら、より多くの人に中国語を好きになってもらえるのではないか」と思ってしまうほどです。この高葉という女優さんは下積み時代が長かったようで、2年前くらいに大ヒットしたドラマ『狂飙』の“大嫂”役でブレークした方です。皆さん、ぜひ彼女の魅力的な中国語を聴いてみてください。
次は学校で中国語を教える教員として、この頃よく感じていることを少しお話しします。コロナを過ぎた頃からか、学生の活気や意欲をあまり感じられなくなった気がします。授業は常にシーンとしていて、教員側が学生の方に何かを問いかけても答えが返ってくることは少ない。丁寧に解説をすればするほど寝る人が増えるが、課題などをやらせると起きてきてちゃんと終わらせる学生が多いです。何というか、彼らにとって中国語の勉強はただ単位を取るためというドライな感じがしてなりません。ところが、先週授業後、何人かの学生とのおしゃべりで、「みんな全然中国語に興味がないよね」と悲観するのは筆者の勝手な思い違いなのかもしれないと気づいたのです。例えば、今回個人的にお話できた学生の一人はいわゆる「落単の再履修組」ですが、授業は遅刻と居眠りが多く、あまりにも学習意欲がないように見えたので、「どうして中国語を選んだのですか」と聞いたところ、意外にも中国語は最も勉強したい外国語だそうで、「電車や駅で聞いた中国語の案内が素敵で、勉強しようと思いました」と言っていました。「実は興味があったんか」と驚きましたが、人って見た目や授業内での振る舞いだけではわからないんだと実感しました。
もう一人印象に残ったのが、スポーツの名門大学の学生さんです。彼女はスケートボードが得意で、将来はインストラクターをしながらスケボーの普及に貢献したいというようなスポーツ女子ですが、授業後にたまたまバスの中で会い、目を輝かせながら「最近、中国語の勉強にハマっています」と話し、みっちり書き込まれた自作の中国語学習ノートを見せてくれました。ノートのカバーに書いてあった“汉语”という手書きの二文字はあまりにもかわいく、脳裏に焼きつきました。中国語を教える機会を通して、人間の奥深さ、意外性を垣間みたような気がします。
さて、ここからはことばの話です。今月は、日本語の「悩みの種」という表現について考えてみます。いきなりですが、皆さん、次の一文を日本語に訳してみてください。筆者が使っている教材からの文です(『時事中国語の教科書 2024年度版』朝日出版社)。
“独自看病难”成为很多老年人的难题。
この文は中国語の“难题”をどう訳すかがポイントです。“难题”は日本語の「難題」よりも使い方が広く、そのまま訳すと変になります。「「一人では病院に行きづらい」というのが多くのお年寄りの悩みの種になっています」は教科書の模範解答の訳です。一方、筆者は“难题”の部分を「多くのお年寄りの悩み」と訳したので、模範解答と付き合わせると、どうしても「悩みの種」と「悩み」の違いが気になります。日本語母語話者に尋ねたところ、「悩みの種」は「悩みを引き起こす原因」で、「悩み」は「悩んでいる行為」という回答でした。悩みは悩みなのだから、なぜ「悩む原因」と「悩む行為」を殊更分けるのか、「悩みを引き起こした原因」と「悩んでいること自体」の違いはどこか。この場合、“独自看病难「一人では病院に行きづらい」”というのは一体悩みの種(悩んでいる原因)なのか、それとも悩みそのものなのかと考えれば考えるほどよくわからなくなりました。しかも、「〜が悩みの種です」という表現に加え、「悩みは何ですか」「〜が悩みです」という言い方もよく耳にしますし、なぜ日本語には二種類の言い方があるんだ、と不思議になりました。皆さんなら、私のような日本語学習者に「悩みの種」と「悩み」をどう説明しますか。
筆者はことばの意味・使い方に困ったときは必ずネットで用例を検索します。今回も調べてみたら、「悩みの種」と「悩み」について、興味深い違いが出ました。それぞれの代表的な例をここに挙げておきますので、皆さんもその違いについて考えてみましょう。
【悩みの種】
(1)若葉マークのドライバーにとっては、車庫入れは悩みの種でもある。
(2)毎年、どのタイミングで売り場に冷やし中華を導入するかというのが、悩みの種なのです。
【悩み】
(3)私は鼻がだんごで大きいのが悩みです。
(4)目の下のくまが悩みです。
いかがでしょうか。どうやら「悩みの種」はちゃんと対策すれば解決できそうなことが多いですが、「悩み」の方はそう簡単には解決できない根深いものになっていましたね。いわば、「悩みの種」はどう対処すべきか迷っている事柄を指すのに対し、「悩み」はどうしょうもない現状に対する一種の不満に近いです。用例を見ることで少しは両者の使い分けが理解できた気がします。さらに「悩み」の方は「贅沢な悩み」や「羨ましい悩み」という使い方も多く、恐らくこういう場合は「贅沢な悩みの種」とは言えなさそうですね。日本語、深いですね。ではこうした使い分けが中国語ではどうなっているのか。上の四つの文を中国語に翻訳してみました。ご参考まで。
(1)对于车上带有四叶标志的司机来说,把车存进车库里是一个难题。
(2)每年什么时候开始贩卖中华冷面,很让人发愁。
(3)我一直在为自己鼻子又圆又大而困扰。
(4)黑眼圈好烦人。
どちらの場合も、ピッタリ対応する表現はないが、“难题”“发愁”は「どうしたらいいんだろう」という感じがあり、“困扰”“烦人”は「わずらわしい」気持ちが出ています。中国語に訳してみると、中国語にも「悩む」系の表現が多いようで、悩みますね(笑)。では、また次回。
今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2025年10月号に掲載しております。
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