大家好!今月も私のちょっとした失敗談をもとに、日中漢字語彙の「似て非なる」点についてお話しします。今回は、中国語の「字zì」と日本語の「字(じ)」についてです。
私は書道学科がある大学で週一回中国語の授業を担当しています。その大学に入ると、書道学科の学生さんが廊下の床に大きな紙を広げて、書道の練習をする姿を見かけたりします。墨の香りが廊下全体に広がり、何とも言えない優雅さと落ち着きを感じます。「墨の香りがする学校って素敵だな」と毎回感心しています。
そんなある日、その学校の先生と書道の素晴らしさについて語り合っていたときのこと。「書道は芸術だからね」とおっしゃられたので、書道のことが全くわからない私は適当にこう相槌を打ちました。
「そうですね。欧米の方からしたら、字が絵のように見えるんでしょうね」。
すると、その先生は一瞬意味を理解できずに、こう聞き返してきました。
「えっ、字が絵に?ああ、漢字が絵に見えるということですね」。
とっさのことでしたが、またもやことばのミスマッチが起きているんだと感じました。
問題は、中国語の「字zì」と日本語の「字(じ)」のずれにあります。
実は、これと似た会話のミスマッチが以前にもありました。アマゾンのサービスセンターに問い合わせのときの話です。
自分:「あの、すみません、最近住所がなぜかアルファベットになってしまって。商品が届かないのは、これと関係あるんでしょうか」。
スタッフ:「ただいま確認しております。あっ、なるほど、お客様のご住所の表記が、ローマ字になっていますね」。
私がローマ字のことをアルファベットと言ってしまったため、電話越しの担当者がすぐには状況を理解できなったのでしょう。英語のアルファベット(ローマ字)も「字」なんだと気づかされました。
この二つのエピソードから見えてくるのは、私にとっての「字zì」はどうやら常に「漢字」であって、「ローマ字」やひらがな・カタカナなどの、漢字以外の文字を「字zì」としてあまり認識していないということです。一方、日本語における「字(じ)」はローマ字、ひらがなも含んでいるので、漢字一辺倒ではない、といえます。私の「字が絵に見える」は「漢字が絵に見える」ことを意味し、電話で「ローマ字」が言えなかったのは、はじめからローマ字を「字zì」ではなく、「字母zìmǔ」(アルファベット)として認識していたからでしょう。これは中国語には漢字という文字しかないためであって(ピンインはあくまでふりがな)、中華思想とは全く関係ないと思います(笑)。
ここでついでに、中国語の「字zì」からなる語彙に少しフォーカスしましょう。「字zì」を含んだ単語の意味はいかがでしょうか。
①字画zìhuà
②字号zìhào
③ 字迹 zìjì
④ 生辰八字 shēng chén bā zì
①の字画zìhuàは「書画」。ただ、「書道」は「书法shūfǎ」です。中国語では「書道」の概念を表すのに「字」と「书」という二つの概念が混在しています。「字」は毛筆で書いた漢字を指すのに対し、「书」は昔の漢文では「字を書く」という意味でした。品詞というと、「字」は名詞、「书」は動詞です。これを踏まえると、「書道」の訳語の「书法shūfǎ」はただ「漢字を書く方法」の意味です。
そして、「字画zìhuà」は、「古玩字画gǔwán zìhuà(骨董書画)」という成語で使われやすく、作品、骨董品としての書画を指します。一方、中国語にも「书画shūhuà」があり、「琴棋书画shūhuà」のように言います。これは特技や習い事としての「琴、碁、書、画」の四技能を指し、ここでの「书」は「書く」技能ととらえられます。
②の「字号zìhào」は「お店の屋号」のこと。「老字号」というと「老舗」の意味。例えば、北京ダックといえば「全聚德」、漢方薬といえば「同仁堂」は、みな「老字号」となります。
③の「字迹 zìjì」は「筆跡」という意味です。中国語は「筆の跡」ではなく「字の跡」という発想なので、中国人の同僚が初めて日本語の「肉筆」を聞いたとき少し怖かったのだそうです。「肉筆」、中国語として読むと「肉笔ròubǐ」ですが、「肉で作ったペン」という得体の知れないものを想像させ、中々血生臭いのだそうです(笑)。 ④の「生辰八字 shēng chén bā zì」、「生まれた年、月、日、時を表す干支を組み合わせた8字」を指し、昔の中国において、結婚に際し相手との相性を占うためのものです。この「生辰八字」を使った相性占いの結果が良くなければ、どんな良縁であっても、その時点で結婚はおじゃんとなります。中国の歴史ドラマを見ると、この「生辰八字」がよく出てきます。ようやく主人公の恋が成就するかというところで、「生辰八字」が合わず無理やり親に別れさせられる、という流れはわりと多いです。
皆さんは今後、ドラマ鑑賞などで、リアルな中国語会話を耳にする機会がありましたら、ぜひ今回紹介したフレーズに注目してみてください。何か、新たな面白いことに気づけるのかもしれません。では、また次回お会いしましょう。
今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2024年5月号に掲載しております。
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