『聴く中国語』2023年4月号より、日本語教師・金子広幸さんのコラム「日本語教師から見た中国語」を連載しています。
今回はのテーマは「おもしろい呼び方」です。
「あなた」を使いたーい!
またお会いしましたね。日本語教師の金子広幸です。
中国語には人称代名詞が明確に存在していますね。“你”とか“我”などがそれです。中国語では、本当に頻繁に“你”を使っていますよね?「你」を辞書で引いたら「あなた」で、日本語の教科書にも載っています。でも、落ち着いて考えてみてください。普通、日本語のコミュニケーションでは目の前にいる人を「あなた」と呼ぶことはほとんどありません。この「あなた」という言葉は複雑なニュアンスを伴う言葉として、日本語には存在します。
まず、中国語で言う“亲爱的”、英語の「My dear」にあたるような「あなた」があります。「甘くてロマンチックな「あなた」」です。本当に親しい間柄でないと、この「あなた」は使えません。「ねえ、あなた〜💖」というように。
そして、もう一つは、「叱責の意味の「あなた」」があります。「ちょっと、あなた!」とお客さんに呼ばれたら、これはクレームを覚悟しないとならない状態ですよね?
日本語母語話者はどうしているのかと言うと、相手の名前を主語のように使っていることが多いのです。例えば、私は日本語のクラスでは、こんなふうに質問文を教え、練習しています。
「かねこさん。カネコサンは昨日どこへ行きましたか」
と言うように指導しているのです。「まず呼びかけて」、「次に質問を言い始める」ことを意識させて、2回言うことを習慣づけさせ、このカタカナのカネコサンが主語に当たるようにしているのです。絶対に「かねこさん。アナタは昨日…」とならないように。
「名前がわからなかったら、どうしますか?」と学生からも質問されますが、その時はこの主語の部分は、私たち日本語母語話者は言っていませんよね?それほど「アナタ」を避けているんです。
中国語の“你”に当たる「あなた」が あまり使われないからといって、2人称が発達していないのかと思うとそれは大きな誤解です。
「君」「あんた」「お前」から始まって、「おたく」「貴様」と強いニュアンスに制限されるものもあれば、本来1人称だった「僕」を、小さい男の子には「あなた」の意味で使うこともあります。「僕はジュースでもいいかな?」と言うように、です。
私にはオンラインで知り合った友人がたくさんいますが、日本語に不慣れな若い初対面の中国語話者から「君はどこに住んでいますか?」と言われて、ぎょっとしてしまいました。もうすぐ60の私が、「君」と呼ばれる場面のなんと奇妙なことでしょう。 中国語で「君」は君主の意味で、敬称の極みだと思ったのでしょう、見た目も白髪だらけでおじいさんの私に対して、「キミ」と言ってしまったのですね。「そんな時はカネコサンと呼んでね」と言っています。

「先生」と呼びたーい
あるときこんなことがありました。
駅で学生に偶然出会って、私が「こんにちは」と挨拶すると、その丁寧な学生は「こんにちは、金子先生」と答え、
「いつもこの電車に乗りますか?」と言うと「はい、そうです、金子先生」と言うのです。
そして「これからアルバイト?」「はい、池袋で18時からです、金子先生」、
…と 周りの乗客の皆さんが笑うほど、私は何度も名前を呼ばれたのでした。
そのあと、学校で会ったとき彼は「先生に挨拶されたら「こんにちは」と言ってもいいのか迷う」と言っていました。目上に「こんにちは」と言われたら「こんにちは」と返してもいいんですよね?
言葉の意味は分かっても、使い方がわからなかったらやはり言葉の勉強としては足りないのです。

日本語教師の私たちは、言葉の意味だけに注目しているのではなく、 その言葉が文脈の中でどのように使われているかまで意識しています。例文と場面を精査して、学習者の皆さんが場面に合った表現が選べるように、例を紹介し、実際にロールプレイをして、場面とその表現のニュアンスを確認しながら覚えてもらっています。
いかがでしょう。中国語話者との日本語のコミュニケーション、楽しんでくださいね。

本コラムは、月刊中国語学習誌『聴く中国語』2023年8月号に掲載されています。さらにチェックしてみたい方は、ぜひ『聴く中国語』2023年8月号をご覧ください。

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