影視で知ろう中国文化⑫その面影はいつも片隅に~映画『オールド・フォックス 11歳の選択』より~

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 皆さんは発売から65年経った今でも台湾で愛され続ける家電、「大同電鍋(ダートンでんが) 」をご存じでしょうか。「蒸す」、「煮る」、「炊く」の調理の基本要素を備えた電気釜で、台湾の家庭では欠かせない存在です。2016年には、そのレトロなデザインと高い機能性で日本でも注目を集めました。今回は、大同電鍋が物語の重要なアイテムとして登場する台湾映画をご紹介します。

 2023年に公開された『オールド・フォックス 11歳の選択』は、台湾の巨匠・侯孝賢監督が引退前最後にプロデュースした作品です。登場人物の情報はあえて必要最低限にとどめ、物語の流れを丁寧に紡いでいくことで、観る者にかつての日々を思い起こさせるような心地よい郷愁を呼び起こす演出が特徴的です。本作はその年の台湾版アカデミー賞といわれるゴールデン・ホース・アワード(金馬奨)で4部門、24年の台北映画賞(台北電影奨)で5部門を受賞し、最も多く賞を受賞した台湾映画となりました。俳優の門脇麦が出演していることもあり、日本でも話題となりました。

 物語の舞台はバブル期前夜、1989年の台湾。

母を亡くした少年廖界(リャオ・ジエ)は、レストランで働く父と共に理髪店を開く夢を抱いています。そんなある日、「老狐」と呼ばれる大地主の謝(シャ)と出会います。やがて、投資ブームが台湾に到来し、地価の高騰で夢の実現が遠のいていく中、金で人を動かす謝と、善良な父との間で揺れる少年の葛藤が描かれます。

 父子が暮らすマンションの一室。冷蔵庫の向かいにある棚には、大同電鍋がまるで置物のようにひっそりと置かれています。劇中に何度もある食事シーンで、2人が食べているのは父親が職場から持ち帰ってきたまかないや、コンロで調理した料理ばかり。2人が電鍋を使って料理をする場面は、一度もありません。

 しかし、リャオ・ジエが見る夢の中で、「大同電鍋」は初めて大きな存在感を放ちます。夢の中で、学校から帰ってきたリャオ・ジエは、理髪師として客の髪を切る母親から電鍋の中の肉まんを勧められます。そのセリフにあわせて、ゆっくりと画面の端から姿を現わすのが、棚に置かれたパステルグリーンの大同電鍋。電鍋がアップで映されるのは、この1度きりです。

 このシーン以外で母親が登場することはほとんどなく、その人となりも明かされません。ただ、夢の中で、外から帰ってきたリャオ・ジエに手を洗うように促したり、湯気が立ちのぼる電鍋のフタを開ける時にはやけどに気をつけるよう声をかけたりする場面から、母親が彼を常に気にかけていたことが伝わってきます。

 そしてこの夢のシーン以降、大同電鍋が映りこむたび、リャオ・ジエの母親の面影が観る者の脳裏をよぎるのです。

実は理髪店の開店は、本来リャオ・ジエの母親の生前の願いでした。理髪店の経営経験も知識もないまま、店舗用の部屋の購入を計画する父子の行動は、少し荒唐無稽にも見えます。けれども物語が進むにつれ、観客の頭の中で「電鍋=母親の存在感」が次第に増していき、最終的には父子の想いが理解できるようになります。

 部屋の片隅に置かれた大同電鍋は、まるでリャオ・ジエを優しく見守る母親そのものであり、じんわりと観る者の心を揺さぶるのです。

門脇麦台湾映画初出演 映画『オールド・フォックス 11歳の選択』予告編

西木南瓜(さいき かぼちゃ)

SNSクリエイター・コラムニスト。名古屋在住。アジアの映画をこよなく愛する影迷(映画ファン)。上海外国語大学修士課程修了後、中国語講師を経て映画公式SNSの運用代行や宣伝企画、広告プランニングなどで活動中。

今回紹介したコラムは『聴く中国語』2025年7月号に掲載しております。

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