“甜宠剧”のおすすめ

バイリンガル日中ことば日記

 

 大家好!今月もドラマの鑑賞がいかに語学の勉強に有益なのかについて語りたいと思います(笑)。筆者は今月、『好好生活』(原題、芒果TV)というドラマにハマりました。オフィスでのシーンが多く、働く女性の苦悩や仕事がテーマのドラマだと思っていたら、なんと隠れ“甜宠剧”でした。“甜宠剧”は胸キュンシーン満載のラブコメドラマのことで、これでもかというくらいとにかく“撒糖”(胸がときめくようなシーンをどんどん視聴者に見せる)してくれます。筆者はドラマなら絶対に“甜宠剧”、というタイプですが、悲しいことに、中国ではこうしたドラマは“沙雕剧”(アホっぽいドラマ)とよばれています。ですが、筆者はこれに異論を唱えたいです。中国人の方から見れば、内容のない“甜宠剧”でも、外国人から見たら学びと発見がいっぱい詰まっています。筆者は中国人ですが、長く日本に滞在していると、ドラマで描かれている中国の暮らしやことばが新鮮に感じ、半ば外国人として鑑賞しているような気がします。今回『好好生活』の鑑賞で学んだことの中から、三つお話しします。

 一つは、日本との文化や習慣の違いに気づかされた場面です。ヒロインが昼食も食べに行けないほど忙しく働いているため、彼女を愛する男性主人公が昼食をティクアウトしてくれて、「さぁ、食べよう」とする場面で昼食の中身を見てみると、なんと“烤串(焼き鳥の形をした中国式串焼き)”なのでした。異臭もなく、服や手が汚れやすいわけでもないのですが、すごく違和感を感じました。日本のオフィスで昼食時に焼き鳥(または串焼き)を食べる人を筆者は見たことがありません。なぜなのだろう。「焼き鳥はご遠慮ください」と書いてあるわけではありません。でもお昼を買いに行って、焼き鳥をティクアウトしてくる人はおそらくいません。「こういうときに、こうするのは普通、あるいは望ましい」という暗黙のルールが文化や習慣によって異なるということを、あらためて感じさせられました。しかも、明文化されておらず、あくまで暗黙だというところが、“踩雷”(事前に情報がないために失敗する)しやすい落とし穴といえる。

 二つ目の学びは物の名前についてです。やはりオフィスのシーンで、新人社員であるヒロインがまだ使い慣れない印刷機のトナー交換をする場面です。“啊,该换碳粉了”(そろそろトナー交換か)と言ったので、筆者ははじめて「トナー」の中国語が“碳粉”であることを知りました。このとき、“碳粉”“碳”の方に注目し、「トナーって炭素(カーボン)が入ってるから黒いんだ」と、今まで知らないことを中国語の名称で学べたことを喜んでいました。ところが翌日、ドラマと同じ場面に遭遇したのでした。もちろん胸キュンの方ではなく、同僚と二人で職場のプリンターのトナー交換をすることになりました。筆者が勢いよく印刷機から使用済みのトナーを取り出したとたん、なんと、黒いものが漏れてきて、床と同僚の白いヒールの上に大量にばら撒いてしまったのです。呆気にとられた同僚が、「トナーってだったんだ」と言った瞬間、筆者は彼女への申し訳ない気持ちよりも、トナーが本当に“碳”(炭素の)だったことに少し興奮してしまいました。そして、謝罪した上で、中国語が全くわからない同僚に、「トナーは中国語で“碳”って言うんですよ」と余計な情報まで提供してしまいました。トナーを「トナー」と呼ぶのと、“碳粉”と呼ぶのとではトナー自体に対する認識が全く異なります。新しい事物を丁寧に解説するように訳す中国語はすごく知的なことばだと感じました。

 最後はフレーズの用法についての気づきです。主人公の男性が女性に好意を告白したものの、中々返事をもらえないので、勇気を振り絞って自ら返事を聞くことになった場面で、女性にこう言いました。“我上次问你的问题,想清楚了吗?”(前に聞いたこと、考えがはっきりしたか)。二人の関係がついにここで確定するかというクライマックスの場面で、最高の胸キュンシーンなのですが、返事を尋ねるのに“想清楚”が使われたのが不思議で、ストーリーよりも気になりました。ところで、皆さんはもし告白の返事を尋ねるとしたら、どんなふうに聞きますか。そんな野暮なことは絶対にしたくないという方が多いと思いますが、強いて言うなら「返事を聞かせてください」とか「付き合って頂けますか」とかでしょうか。中国語は“想清楚了吗”、文字通りに訳すと「考えがはっきりしたか」です。“想”は「考える」、“清楚”は「はっきりしている」という意味なので、両者を足した意味が「考えた結果、考えがはっきりする」となります。しかし、「考えがはっきりする」は日本語ではあまり言いませんので、日本人にとってあまりピンと来ないのではないかと思います。それがどういう意味なのかは一旦さておき、今回のドラマから、相手に決断や決心を尋ねるとき、「心を決めましたか」というような感じで“想清楚了吗?”というふうに表現することを学びました。

 では、中国語ではこの“想清楚”、「考えがはっきりする」とは一体何を指しているのでしょうか。今回もネットで実際の例を色々調べてみました。そこでわかったのは、「ある決断を迫られているとき、メリットとデメリットの両方をよく考えた上で決断を下す」ことが“想清楚”なのです。中国語において、「考えがはっきりする」というのは、つまり「考えた結果、進むべき道についての答えを出す」ことを指しています。“清楚”(はっきりしている)なのは、“想”(考え)の方ではなく、「考えた結果としての答え」の方だったのです(答えがはっきりする)。相手の決断、決心を聞く“想清楚”は例えば、次のように使うことができます。

“该不该结婚,你想清楚了吗?”(結婚すべきかどうか、答えが出ましたか)

この例での“想清楚”は、結婚するメリット、デメリットをそれぞれリストアップし、色々天秤にかけ、慎重に考えた上で決断を下すという意味です。面白いことに実は、決断に至るまでの「慎重に考える」段階も“想清楚”なのです。

“你可以看看,了解一下,想清楚了再做决定。”(少し見て回って、情報収集して、よく考えてから決めた方がいい)

つまり、「よく考える」と「よく考えた結果、答を出す」という二段階のことがともに“想清楚”で表現されているのです。そのため、ドラマでは男性がどっちの意味で聞いたのかという疑問が残ります。「前に聞いたこと、よく考えてみた」か、それとも「前に聞いたことの返事は?」か。だいぶ人物像が変わってきます。“清楚”なのにちっともはっきりしませんね(笑)。では、また次回お会いしましょう。

1984年天津生まれ。14歳で来日。日本の中学、高校を卒業後、慶應義塾大学、同大学院へ進み、中国文学専攻で学ぶ。専門は中国語学、認知言語学。現在は中国語の文法に関する研究を行う傍ら、関東圏の大学で中国語を教える。自身が十代の頃に日本語という大きな外国語の「壁」にぶち当たった経験から、ことばの意味や外国語習得に強い関心をもつようになる。趣味はドラマ鑑賞、外国語学習。これまで、日本語や英語以外に、韓国語、フランス語、ドイツ語の学習歴をもつ。近年、言語学に関する書物を読みながら、生涯続けていける、楽しい外国語の学び方を日々模索中。単著に『勉強するほど面白くなる はじめての中国語』(2023年 新星出版社)、共著に『認知言語学を拓く』(2019年 くろしお出版)などがある。

今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2025年11月号に掲載しております。

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