※このコラムはネタバレを含みます。
6月といえば中国は全国大学統一入試、高考(ガオカオ)の時期。日本の受験競争も厳しいと言われますが、中国では高考後に受験生の両親が離婚する「高考離婚」が社会問題になっています。映画『この夏の先には(原題:盛夏未来)』(2021)では、両親の「高考離婚」を受験直前に知った少女の「ある選択」をきっかけに物語が始まります。

高考に失敗した受験生の少女・陳辰(チェン・チェン)は、失敗の原因を同級生・鄭宇星(ジェン・ユーシン)との「破局」だと告白。中国では学生の恋愛は“早恋(ザオリエン)”といって、勉学を邪魔する不良行為とされています。学内でうわさが広がり、一躍注目の的となるチェンとユーシンですが、実は二人は偽装カップル。チェンの「失敗」の本当の理由は受験後に両親が離婚を予定していると知ったチェンが、留年中の関係修復を狙いわざと答案を白紙で提出したからでした。(中国では受験に落ちると再び高校で“復読生(再受験生)”=留年生として勉強することがほとんどです。)

中国では10年ほど前から、チェンの両親のように「高考離婚」をする夫婦が後を絶ちません。過酷さを極める受験戦争は夫婦関係に亀裂を生み、毎年高考後の6~9月の離婚率は通常時の2割増しといいます。受験前に離婚して、週末だけ夫婦を演じていたケースもあるとか。’19年以降はコロナ起因の婚姻解消も重なり、近年さらに深刻化しています。中国政府は離婚の増加に歯止めをかけようと、’20年に「離婚クーリングオフ制度(30日間の離婚申請取り消し可能制度)」を制定しました。「一度落ち着いて考えてみよう」というわけです。一方、去年の「高考」受験者数は過去最多の1342万人。出願方法も複雑化し、出願代行ビジネス「出願プランナー」が誕生するまでになりました。離婚率急増の波はこれからも収まりそうにありません。

「高考離婚」を選ぶ夫婦は、大半が子どもへの負担軽減を理由にしています。しかし、その「優しさ」は本当に子どものためになっているのでしょうか。合格後には新生活への不安が生まれます。大学入学後に離婚の事実を知り、学業不振で心理カウンセリングを受ける学生もいるとか。本作でも、実際には「仮面夫婦」であることを隠してチェンの受験勉強を支える両親は、一見献身的に見えて実は自己中心的。両親のために2人の離婚を覆そうとするチェンの行動もまた、子どもじみた自分勝手といえるでしょう。「優しさ」なのか「エゴ」なのか。主人公と両親の姿は、学園ラブストーリーを期待した観客の無防備な心に突き刺さり、深く考えさせられるのではないでしょうか。

そしてもう一つ注目したいのは、チェンと秘密を共有した少年、ユーシンの存在。実はユーシンにも、劇中明確に語られない「秘密」があります。本作でチェンとユーシンを演じるのは、子役時代から演技力に定評がある張子楓(チャン・ズーフォン)と呉磊(ウー・レイ)。微妙な心の動きを表現した2人の演技によって、ユーシンが抱える秘密が伝わってきます。中国映画としてはなかなかに攻めたサブテーマです。

一口メモ:
受験に挑むチェンに父親が大量の果実を贈る場面があります。別名「桂円」とも呼ばれる果実「竜眼(リュウガン)」。栄養価の高さに加えて、科挙に合格する意味の成語“蟾宫折‘桂’”をもじったゲン担ぎで、受験生への差し入れとして重宝されています。
西木南瓜(さいき かぼちゃ)
SNSクリエイター・コラムニスト。名古屋在住。アジアの映画をこよなく愛する影迷(映画ファン)。上海外国語大学修士課程修了後、中国語講師を経て映画公式SNSの運用代行や宣伝企画、広告プランニングなどで活動中。
今回紹介したコラムは『聴く中国語』2025年6月号に掲載しております。

コメント