中国語語学誌『聴く中国語』では日中異文化理解をテーマにしたコラムを連載しています。
今回は日本中国語検定協会理事長の内田慶一先生が執筆されたコラム、うっちーの中国語四方山話−異文化理解の観点から⑭ “他妈的!”(「彼の母ちゃん??」)―中国語の罵(ののし)り言葉 をご紹介します。
魯迅の雑文に“她妈的”というのがあります。次のような出だしで始まります。
无论是谁,只要在中国过活,便总得常听到“他妈的”或其相类的口头禅。我想:这话的分布,大概就跟着中国人足迹之所至罢;使用的遍数,怕也未必比客气的“您好呀”会更少。假使依或人所说,牡丹是中国的“国花”,那么,这就可以算是中国的“国骂”了。
中国に住んでいれば誰でも、しょっちゅう「他妈的」およびそれに推する常套語を耳にするにちがいない。その分布はおそらく中国人が足を踏み入れた全域に及び、使用頻度も、挨拶語の「您好呀!」より少ないことはあるまい。もし牡丹が中国の「国花」であるとする説を認めるなら、こちらは中国の「国罵」と称してさしつかえない。(竹内好訳)


この“他妈的”は中国語の代表的な罵り言葉の一つです。元は“肏他的妈”或いは“肏你的妈”ということで、「彼のお母さんを犯す」「お前のお母さんを犯す」という少し卑猥な意味から来たもので、日本語では「ちきしょう!」とか訳すことができるでしょう。、“妈妈的”“妈的”“他娘的”のようにも使われ、同じ魯迅の『阿Q正伝』などでもよく出て来る言葉です。日本語訳はいずれも竹内好訳です。
阿Q,你的妈妈的!你连赵家的用人都调戏起来,简直是造反。害得我晚上没有觉睡,你的妈妈的!(第4章)
阿Q、この野郎!趙家の女中にまで手を出しやがって、謀反てもんだぞ。お蔭でおれまで夜も寝られやしねえ。こん畜生!
この“他妈的”は、こうした挿入句みたいな用法だけでなく、形容詞のようにも使われます。
但据阿Q又说,他却不高兴再帮忙了,因为这举人老爷实在太“妈妈的”了。(第6章)
しかし、これも阿Qの話だが、もう二度と働きに行きたくない、この挙人旦那ときたら、まったく「こん畜生」だそうな。
不准我造反,只准你造反?妈妈的假洋鬼子……(第8章)
おいらに謀反させんで、自分だけ謀反する気か?こん畜生のにせ毛唐め……

“他妈的”に相当する英語はそのままで“Fuck your mother !”です。皆さんも映画などで聞いたことがあるでしょう?私自身の経験でも、以前、アメリカに住んでいたとき、ホストマザーがしょっちゅうこの言葉を使っていました。へえ、女性もこの言葉を普通に使うのだと思ったものです。英語だと、この類いのものとして、例えば“Son of a bitch”(雌犬の息子)や“Son of a gun”(戦艦で生まれた息子)があります。日本語では「どこの馬の骨?」とか「くそっ!」「こんちきしょう!」ということになるでしょう。ちなみに、その“Son of a bitch”にそのまま該当する中国語もあります。“狗崽子”ですね。
この他、中国語の罵り言葉には次のようなものがあります。
“该死的!”“死鬼!”“花子!”“混蛋!”“饭桶!”“杂种!”“王八蛋!”“放屁!”など。なお、“王八”は「亀」とか「すっぽん」の意味ですが、中国語では「亀」は「妻を寝取られた男」とか「男女の性器」の意味があり、あまり良い言葉ではありません。よくトイレの落書きに描かれたりもしますし、中国の抗日戦争に登場する日本軍人の名前には「亀田」というのが結構多い感じもします。また、日本語の「アンポンタン」(=馬鹿)は“王八蛋”から来ています。
ところで、日本には「我孫子市」という地名が大阪や千葉県にありますが、中国人の留学生がアパート探しで「千葉県我孫子市」というのを見て思わず吹き出したそうです。なぜだかお分かりでしょうか?中国語の“我孙子”は直訳すれば「私の孫」ですが、相手が自分より世代が下ということで相手を卑下する言葉になります。これに「千葉県」の「チバ」の音を聞いたら中国人はさらにびっくりするはずですが、何故かは考えてみて下さい。


今回紹介したコラムは『聴く中国語』2025年4月号に掲載しております。

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