やっぱり発音が大事

バイリンガル日中ことば日記

 

 皆さん、いかが過ごしでしょうか。筆者は今月、アメリカで開催された中国語教育の学会に参加してきました。アメリカの学会に参加するのは初めてで、行く前はことばや安全面など色々と心配でしたが、現地の方々や主催校の先生方に暖かく迎えられたおかげで、大変貴重ないい体験となりました。

 今回の学会では、中国語教育に関する様々な発表や議論がなされました。その中で筆者が感じたのは、アメリカの中国語教育界はおそらく日本の中国語教育界よりも、「話す」と「書く」能力を重視している点です。

 ここでいう「話す」とは、中国語(“普通话”)を正確に発音すること、文を正しく読む力、会話能力を含みます。「書く」は、基礎レベルの漢字を自分の手で正しく書く力、中国語での作文を指します。

 人工知能の進化が著しいこの時代、アメリカといえば、日本よりもさらにデジタル・IT技術を駆使した教育を行なっていそうなイメージですが、今でもアナログ的な教育にこだわっていることが意外でした。

1984年天津生まれ。14歳で来日。日本の中学、高校を卒業後、慶應義塾大学、同大学院へ進み、中国文学専攻で学ぶ。専門は中国語学、認知言語学。現在は中国語の文法に関する研究を行う傍ら、関東圏の大学で中国語を教える。自身が十代の頃に日本語という大きな外国語の「壁」にぶち当たった経験から、ことばの意味や外国語習得に強い関心をもつようになる。趣味はドラマ鑑賞、外国語学習。これまで、日本語や英語以外に、韓国語、フランス語、ドイツ語の学習歴をもつ。近年、言語学に関する書物を読みながら、生涯続けていける、楽しい外国語の学び方を日々模索中。単著に『勉強するほど面白くなる はじめての中国語』(2023年 新星出版社)、共著に『認知言語学を拓く』(2019年 くろしお出版)などがある。

 今回の学会で特に印象に残ったことば・発表をいくつか、皆さんに紹介しておきます。まずは、開催校のベテランのZ先生がおっしゃった「In studying Chinese, the most important thing is pronunciation.(中国語学習において、最も大事なのは発音である)」です。本当にその通りだと思います。長く中国語を教えてきて、発音で苦戦している学習者をたくさん目にすると、ついつい発音に目をつぶりたくなるのですが、遠く海を隔てたアメリカでも発音が大変重視されていることがわかったので、やっぱり発音指導に力を入れなくちゃ、と再決心しました。大ベテランのZ先生は発音を最も重視しているのは、「異文化コミュニケーションにおいて、お互いの国のことばを正確に発音し、お互いに言いたいことをきちんと伝えあえることがコミュニケーションを円滑に行うで最も重要だ」と考えているからようです。近年異文化コミュニケーションの世界ではことばの側面だけでなく、文化や風習に関する知識や相手への理解も重要視されるようになりました。しかし、どんなに相手のことを理解していても、それを口で伝える力がなければコミュニケーションが始まりません。また、どんなに単語や文法を知っていても、正確に発音することができなければ、伝わりません。中国語に限らず、外国語の勉強はどんなレベルにおいても、「発音」を軽視すべきではありません。漢字に強い日本人の皆様方は、中国語学習において「読めるし書けるのに、発音ができない」ということがありませんか。そんな時は、ぜひ「In studying Chinese, the most important thing is pronunciation.」ということばを思い出されてみてください。気合が出ます(笑)。

 もう一つ印象に残ったのは、「漢字を手書きすることの意義」について論じた発表です。結論からいえば、「漢字を手書きする練習を行うことで、漢字の記憶強化につながるだけでなく、中国語全体の仕組みや読解力の向上にも役立つ」だそうです。また、漢字を手書きする際の脳の活動に関する実験も紹介されており、キーボードで字を打つ場合に比べ、手で漢字を書く方が脳がより活発になるという結果でした。この発表は、漢字文化圏ではないアメリカの学生がどこまで漢字を自分の手で書けるようにすべきか、という議論をふまえた上での発表ですが、近年日本のスマホ世代の若い大学生にも当てはまる話だと思いました。彼らにどこまで簡体字を覚えさせるべきか、日本の漢字でも一応伝わるんだから、字体が違っても少しは目をつぶってもいいんじゃないか、とときどき頭を悩ませています。もし、漢字を書く練習が中国語全体の仕組みの理解や読解力につながるのであれば、今後はもう少し書く練習を増やそうと思いました。発表者の先生は発表の最後で、こうユーモラスに締めくくりました:“我们经常跟学生这样宣传汉语课:汉语课是一门艺术课。汉语的发音练习属于音乐,写字练习属于美术。所以有的艺术专业的学生听了以后觉得很有兴趣,他们觉得“欸,那我应该试试”,就很高兴地来学汉语。(私たちはよくこういうことを言って学生に中国語の授業を勧めています。「中国語の授業は芸術系の科目です。中国語の発音は音楽であり、字を書くのは美術です。これを聞くと芸術専攻の学生さんがすぐに飛びついてくれて、「それ、自分にぴったりじゃん」と喜んで中国語を履修しに行きます)”。まさに目から鱗のおことばでした。中国語に限らず、外国語を身につけるためには、聴く・読む・話す・書くという4トレーニングを意識的、そして徹底的に行う必要があり、それは頭での知識の習得というよりも、技を体にたたき込む感覚に近いといえます。外国語学習も、体育や芸術などの実技の一種であり、実技である以上、日々の鍛錬が欠かせません。毎日口(発音)と手(漢字)を動かせば、上達間違いなし。

 先ほどふれたZ先生のお話の中で、もう一つ気付かされたのは、「話す」ことと「書く」ことの関連性です。Z先生によれば、「我们的写作能力绝对不可能超过我们的会话能力(私たちの書く力は、話す力を上回ることは決してない)。」だそうで、「你不会说的肯定也写不出来(話せないことは、書くこともできない)」とのことです。皆さん、これについてはどう思われますか。書く力は話す力を上回ることはない、に賛成ですか。「いやいや、私は中国語はうまく話せないけど、作文は得意です」という方もきっといらっしゃるかと思います。そういう方はZ先生の意見に異論を唱えられそうですね。私は、しかし、Z先生の意見に全く同感です。なぜなら、自分の日本語力がそうなっているような気がするからです。日本語を書くときは、常に頭の中でことばを組み立て、独り言を言いながら書いている気がします。「話すように書く」というか、「独り言のことばをただ記録しているだけ」のように書いています。なので、「話せないのに書ける」とかあるいは「発音できないけど書ける」という感覚はあまり理解できないのです。いまだに英語で文章を書けないのは、そもそも英語で話すことができないためだと思っています。一方、私の周りには、中国語だけでなく、英語に関しても、話せないのに書けるという方がたくさんいます。中国語の場合は、漢字があるから日本人なら「話せないけど書ける」こともありうるかと思いますが、英語でなぜそれが可能か、ずっと不思議でした。一体、話すことと書くことは密接に関連しているのかしていないのか。日本人と中国人とで意見が大きく分かれそうな気がします。中国式の語学教育を受けているZ先生や筆者は、話す力は書く力のベース(根幹)となっていると信じて疑わないのに対し、日本で外国語を学んできた方は必ずしもそう思わないのかもしれません。外国語学習において、何を重視するかは自分が受けた教育に大きく影響されている可能性があり、色々興味深そうです。

今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2025年7月号に掲載しております。

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