中国語語学誌『聴く中国語』では日中異文化理解をテーマにしたコラムを連載しています。
今回は日本中国語検定協会理事長の内田慶市先生が執筆されたコラム、うっちーの中国語四方山話−異文化理解の観点から⑯ ウサギとカメ(2) をご紹介します。
さて、前回、中国語では「ウサギとカメ」は「カメとウサギ」つまり“龟兔(赛跑)”となることを述べました。
このように日本語と中国語で逆になる熟語には例えば,次のようなものがあります。
白黒―黒白
売買―买卖
探偵―侦探
暗黒―黑暗
詐欺―欺诈
段階―阶段
例えば、宮沢賢治の有名な詩に「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」というのがありますね。日本語では「雨」が先になります。ところが、中国語では「雨風」は“风雨”と言うのが普通です。四字成語でも“暴风骤雨”(強い風と激しい雨)とか“顶风冒雨”(雨風をものともせず=困難を恐れないこと)と言います。ただし、日本語でも気象用語など漢字語を使うときは「これから風雨が強くなります」と中国語と同じ言い方になります。
また、「白黒テレビ」は“黑白电视”ですし、日本語では「白黒をハッキリとつける」とも言いますが、一方で漢字語では「黒白(こくびゃく)をつける」となります。
横断歩道を渡るときにはどうでしょう?皆さんは「右を見て,左を見て」と言いますか、それとも「左を見て,右を見て」でしょうか?漢字語だったら間違いなく「左右をよく確認してから渡りましょう」となりますね。「左右対称」も「右左対称」とは言いません。
昔、鶴田浩二という俳優さんが歌った歌に「傷だらけの人生」というのがありましたが、その中の台詞で「右も左も真っ暗闇じゃござんせんか」とあり、歌詞にも「右を向いても左を見ても,馬鹿と阿呆の絡み合い、どこに男の夢がある」と出てきますが、「右」が先で,「左」が後なのですね。
さて、中国語の熟語をよく見て下さい。これらには皆、ある法則が見られるのです。お気づきでしょうか?
そうです。中国語は声調と関係があるのですね。つまり、声調の順番に並ぶということです。
ただし、中国語でも「健康をお祈りします」は“祝你身体健康”と言いますね。しかし、古い中国語と言いますか、本来の中国語は“康健”だったのです。“健康”は恐らくは日本語から中国語に入った言葉でしょう。なお、中国語では“欢喜-喜欢”、“闹热-热闹”“争竞-竞争”“紧要-要紧”のような対立もありますが、実は前者が古い中国語で今は南方語として残っているものです。
私が好きな中国映画の一つに「北京の思い出」というのがあります。原題を“城南旧事”と言い,林海音という人の小説を映画にしたものです。泥棒役には張豊殻が登場します。その映画の最初のナレーションがまた素晴らしくて是非皆さんには暗誦してもらいたいところですが、その中に「这些童年的琐事,无论是酸的、甜的、苦的、辣的,却永久永久地刻印在我的心头」という一節があります。見事に声調順に並んでいることが分かります。
不思量,自难忘……半个多世纪过去了,我是多么想念住在北京城南的那些景色和人物啊!而今或许已物异人非了,可是,随着岁月的荡涤,在我,一个远方游子的心头却日渐清晰起来。我所经历的大事也不算少了,可都被时间磨蚀了。然而,这些童年的琐事,无论是酸的、甜的、苦的、辣的,却永久永久地刻印在我的心头。每个人的童年不都是这样地愚騃而神圣吗?!
訳:「思い出すまいとしても、やはり忘れ難い……」(蘇軾『江成子』より)半世紀以上の歳月が流れた今、私は北京の南城に暮らしていたあの頃の風景や人々を、どれほど懐かしく思い出していることだろう。今となっては、景色も人も変わってしまったかもしれない。けれども、年月の洗礼を受けるうちに、遠く離れて暮らす旅人の私の心の中では、あの情景がかえってはっきりと浮かび上がってくるのだ。この人生で経験してきた大きな出来事も決して少なくはないが、それらは、時の流れの中で次第にすり減っていった。それに対して、幼い頃の些細な出来事——それがたとえ酸っぱくても、甘くても、苦くても、辛くても——私の心にはいつまでも、いつまでも深く刻まれている。誰しも、自分の子供時代を、こうして愚かでありながらも神聖なものとして覚えているのではないだろうか。
今回紹介したコラムは『聴く中国語』2025年7月号に掲載しております。
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