中国語語学誌『聴く中国語』では日中異文化理解をテーマにしたコラムを連載しています。
今回は日本中国語検定協会理事長の内田慶一先生が執筆されたコラム、うっちーの中国語四方山話−異文化理解の観点から①方位の話をご紹介します。
さて、今回から上のようなタイトルでしばらく連載を始めることになりました。いつも言っていることなのですが、やはり、先ずは「言葉を学ぶとは」から話を進めて行くことにします。
ことばの要素としては「発音」「語彙」「語法」の3つがありますが、先ずは発音です。昔から「発音よければ半ばよし」などと言ったりしますが、発音をしっかり身につけることが大切です。
次に語彙ですが、例えば中検の準4級レベル(第2外国語半年履修)で500語、4級(第2外国語1年間履修)で1000語、3級(第2外国語2年間履修)では2000語とされています。2級以上であれば3000語以上になるでしょう。6000語もあればまさに「鬼に金棒」です。文法項目も基本的なものは、著名な中国語教育者である相原茂さんが「語法ルール66」とおっしゃっています。
では、以上の3つの要素が完璧であれば、それでその言語を習得したことになるか?ですが、実はそう簡単な問題ではないのです。
例えば、これも私がよく出す例文ですが、日本語では「黄色い線の内側でお待ちください」(図1)と言いますね。これを中国語でそのまま訳すと“请在黄线内等待。”となるはずです。ところが、このように中国の人に言ったら大変危ないことになります。中国語ではここは“请在黄线外等待。”(図2)となるわけですね。「内」と「外」は簡単な言葉ですが、日中ではこうした違いがあるのです。
「右」と「左」もまた同様です。
奈良県明日香村には高松塚古墳がありますが、ここの壁画には「四神」が描かれています。「玄武」「朱雀」「青龍」「白虎」の4つで、それぞれ東西南北の守り神です。これに関して中国語ではよく「左青龍、右白虎」と言われます。日本人だとこう聞くと図3の絵のような位置を思い浮かべてしまいますが、実際には図4のようになります。
こうした位置関係は日本にも存在します。京都市左京区、京都市右京区というのがそれです(図5)。また、京都御所の紫宸殿には2つの木が植えられており、それを「左近の桜、右近の橘」と呼びますが、それも同じように向かって右が「左近」で、左が「右近」になるわけです(図6)。ひな人形に飾られる桜と橘も同じです。
昔、中国にやって来た宣教師の著作の中でも以下のように「玉」という漢字の成り立ちを説明した文章があります。ここで問題は最後の「点」をどちら側に打つかですが、「左側に打つ」と言っています。これも「左青龍、右白虎」と同じようなことなのです。漢字側からみた左右ですね。
他们把笔画,或整个有意义的字组合在一起,用这个法子创造新的不同的字,赋予另外涵义。例如,用一表示单一,加上一竖成为“十”,即10,在下面加一横成“土”,意思是土地。上面加一横成“王”,意为国王,在它左上侧,头两横之间加一撇成“玉”,意为宝石,再加一些笔画便成珠。(曾德昭《大中国志》 )
こうした中国人の方向観は「天子は南面す」、“坐北朝南”に拠るものです。つまり、常に北を背にして立つということですね。まさに「背」という漢字がそれを示しています。「背」という漢字は「北」と「月(身体)」から成り立っています。
いずれにせよ、こうした方向感覚はその民族の文化の違いです。
天気予報で風向きを言う場合、日本語では「北西の風が吹いて寒くなります」などと言いますし、英語でも“North-West“ですが、中国語では“西北风”となります。つまり、日本語と英語は「東西」を先に言うのに対して中国語では「南北」を軸とするわけです。しかしながら、日本語でも西郷隆盛が起こした乱は「西南の役」と言いますし、「東北地方」「東南アジア」のように中国語と同じ言い方をします。いずれにしても、東西南北も左も右も、内も外も一筋縄ではいかないことがわかります。
言葉というのは実に不思議で面白いものです。次回また。
今回紹介したコラムは『聴く中国語』2024年4月号に掲載しております。
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