日本語教師から見た中国語④感覚が混乱する中国語と日本語

コラム

『聴く中国語』2023年4月号より、日本語教師・金子広幸さんのコラム「日本語教師から見た中国語」を連載しています。

今回はのテーマは「〜言葉の使い方、お互い、あったり、なかったり?!〜感覚が混乱してしまう中国語と日本語です。

  世界中の各々の言語の「こだわり」の傾向は、全く違います。例えば一つの概念や事物に対しても、とても細かい言い分けをする言語もあれば、あまりこだわらない言語もあります。そして、この細かい言い分けに、どの概念や事物に対してこだわるかに、文化間の差があります。

 例えば日本語の場合は、雨の降り方や時期で、「にわか雨」「霧雨」「春雨」と呼び方が異なったり(中国語なら“淋雨、毛毛雨、春雨”といいます)、魚の鰤(ぶり)は、成長の度合いによって何度も名前が変わったりします。この日本列島に住んでいる人々には、雨や魚の名前はとても重要な意味があったのでしょう。ではまた中国語の話をしましょう。

「かゆい」と「くすぐったい」

 クラスの学生みんなでお花見に行ったとき、春爛漫、散り際の桜の美しかったこと!花吹雪が舞う木の下にいる私たちは息もつけないほどになりました。体の上に、桜の花びらが舞い降りて、風で動くとくすぐったかったのか、狂喜する中国の学生たちは、口々に「かゆい、かゆい!“好痒!好痒”」と言い出したのです。

 一瞬、この人たちは私と同じように桜のアレルギーなのかと思いました。(はい、私はバラ科アレルギーです)

 でも、よく聞いてみると、「夏の夜に蚊に刺されてそこがかゆくなっても」また「誰かに脇の下をつつかれても」、中国語ではいつも“痒”で、その時の感覚には、基本的には表現上の区別はありません。

 私たち日本語母語話者にとっては「かゆい」と「くすぐったい」は全く別の概念ですが、中国語を話す人たちにはあまり区別がないようなのです。

「あじ」と「におい」

 さらに、よく学生たちが混乱しているのは「あじ」と「におい」です。

 「カフェに入るとコーヒーのいい匂いがして、そのコーヒーを一口飲んだら苦い味がする」と言うのは日本語では当たり前ですが、どちらも中国語では“味道”と書いて特に区別がありません。

「声」と「音」

 また「声」と「音」もそうです。 日本語では「猫の騒ぐ「声」がして、そのあと隣の部屋で暴れる「音」がした」と区別していますが、中国語ではその区別が明確ではありません。全部“声音”でした。

 もちろん声や音がどこから発せられるのかは、知覚としては区別できているはずなのですが、それに対応する表現上の区別がないのです。

「強い」と「大きい」

 さらに、どの形容詞を使うかも日本語と中国語ではかなりの差があります。

 日差しが「強い」も、風が「強い」も、中国語では“太阳很大”“风很大”と言うんですよね?最初に聞いたとき、どうして「大きい」のか不思議に思いました。

「剥く」と「削る」

 もっと話が進んで、友人達と中国語で話しながら料理をしている時など、その動詞の使い方などに驚かされる時があります。

 日本語では「バナナの皮」も「りんごの皮」も「剥く」で片付きますね? でも中国語は“‘剥’香蕉皮”“‘削’苹果皮”と異なります。“削”は“削铅笔”と言うように、「削る」の意味です。そう言われれば、確かにりんごの皮もナイフで「削っている」かもしれないのですが、初めて聞いたときにはとても奇妙な感じがしました。

 単純に言葉の意味を比べただけでも、これだけの異なりがあるのですから、その「言葉の使い方」を含めて比較したら、日本語と中国語は随分違う言語と言うことができますよ。

金子広幸:1987年から日本語教師。台北に続いて東京の日本語学校、東京大学ほか大学勤務ののち、現在法政大学・日本大学で日本語クラスを担当。地域日本語支援の場で講演活動中。東京大学、神奈川県国際交流財団で留学生・外国人相談業務。NHK『Easy Japanese for Work しごとのにほんご』「敬語道場」出演中。2022年から中国語によるラジオ放送『NHK ラジオジャパン「やさしい日本語プラス」敬語の達人』など担当。著作:『新・にほんご敬語トレーニング』(2014)『日本語クラスアクティビティ50』(2005)。ほか東京日本語ボランティアネットワークのニュースレター(http://www.tnvn.jp/)で連載中。 

こちらのコラムは、月刊中国語学習誌『聴く中国語』2023年7月号に掲載されています。さらにチェックしてみたい方は、ぜひ『聴く中国語』2023年7月号をご覧ください。

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