外国の映像作品には言語以外にも、日本と異なる文化風習が随所にちりばめられています。本コラムでは、中国の映像作品に登場するモノの背景にスポットを当て、中国の文化を紐解きます。
今回紐解くのは、ドラマ『バッド・キッズ』に登場する、ある「マスコット」について――。

ドラマ『バッド・キッズ』は、偶然殺人現場を目撃した三人の子どもたちを中心に展開されるサスペンスドラマです。中国では配信当初から人気が高く、今年初めには日本版リメイクも公開されました。劇中では2000年代当時の街並みがリアルに再現され、ドラマ全体には陰鬱な空気が漂いますが、それとはまるでかけ離れた表情で妙に目を引くキャラクターが出てきます。
街のお菓子屋さんの壁や主人公チャオヤンの部屋のドアなどに、たびたび見切れて映っているおどけた顔の男の子のステッカー。思わず何かの伏線かと勘繰ってしまいますが、こちらは中国人にとってはとてもポピュラーな存在です。

彼の名は「旺仔 wàng zǎi(旺旺坊や)」。中国では言わずと知れた総合食品メーカー「旺旺グループ」のマスコットキャラクターです。ロゴマークでもある旺旺坊やはまさに会社の顔、日本でいう不二家のペコちゃんに近いポジションです。「旺仔」という名前自体も会社の繁栄すなわち「兴旺发达xīng wàng fā dá」を祈る意味を込めているのだとか。

旺旺グループは日本には馴染みのない会社かと思いきや、意外に深いつながりがあります。というのも、新潟の大手米菓子メーカー「岩塚製菓」と1983年から業務提携している間柄なのです。
もともと、旺旺グループの前身は菓子製造業とは異なる会社でした。70年代後半に現社長が先代から会社を引き継ぐも、倒産寸前にまで業績が悪化します。まさしく会社存続の危機です。そこで、社長は当時台湾で人気だった米菓子に目をつけました。一大決心をして日本へ渡り、岩塚製菓の門をたたきます。一度は断られるも、社長の粘り強い交渉の末に業務提携し、台湾での米菓商品の販売を開始しました。すると業績はみるみるV字回復。それどころか、90年代には中国全体でお菓子メーカーとしての地位を確立。2000年代初頭には中国を飛び越え、国外進出をするまでに成長を遂げました。
ドラマ『バッド・キッズ』の時代設定は2005年の夏、まさに旺旺坊やが人気絶頂の時期でした。街中にあふれる旺旺坊やのかお、カオ、顔。

関連グッズは、当時の中国を象徴する小道具としてはうってつけというわけです。
旺旺坊やは、90年代生まれの人たちにとって、いわば少年時代を思い出す仕掛けなのかもしれません。グッズを見かけるたびに子供のころの思い出があふれだす、まるで「起動スイッチ」です。
当時放送されていた同社製品『旺旺ミルク』のCMも、インパクトは強烈です。セリフや音楽を聞けば、起動スイッチはON。真っ赤なバックに大きな旺旺坊やが脳裏に出現します。昨年には23年バージョンとして、当時の子役が先生となって登場する新CMも制作されました。
旺旺坊やは、当時の時代を呼び覚ます「タイムカプセル」。
そして、一目でエモーショナルな気持ちを刺激するスパイスなのです。
さて、今月号は中国で愛されるマスコットキャラ『旺旺坊や』について紐解きました。
今後もドラマに何気なく登場する中国文化に注目して、知らなくても特には困らないけど知っておくと物語の解像度が上がる、読むと少し得した気分になれるようなものをリサーチしていきます。次回もお楽しみに。
西木南瓜(さいき かぼちゃ)
SNSクリエイター・コラムニスト。名古屋在住。アジアの映画をこよなく愛する影迷(映画ファン)。上海外国語大学修士課程修了後、中国語講師を経て映画公式SNSの運用代行や宣伝企画、広告プランニングなどで活動中。
今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2024年8月号に掲載しております。

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