うっちーの中国語四方山話⑬谢谢你的手?? 

中国語学習

中国語語学誌『聴く中国語』では日中異文化理解をテーマにしたコラムを連載しています。

今回は日本中国語検定協会理事長の内田慶一先生が執筆されたコラム、うっちーの中国語四方山話−異文化理解の観点から⑬ 谢谢你的手?? をご紹介します。

 この連載も2年目に入りました。引き続きよろしくお願いします。

 さて、“你好”や“谢谢”は、中国語を習ったことのない人でも分かる大変簡単な言葉です。

しかし、よく考えると,これが実は結構、簡単でもないのですね。物事の本質は複雑そうに見えて,実は簡単ということも往々にしてありますが、これはその逆ですね。 

次の話を見て下さい。 

  

 メアリーという女性は北京の大学で中国語の勉強をしていました。ある時、彼女の中国人の友達が彼女に雑誌を返しに来て、こう言いました。 

  “谢谢你的杂志! 

 それを聞いたメアリーはびっくりしてこう言いました。 

「雑誌にありがとう!」ってどういうこと?どうして、「わたしにありがとう」と言わないの?雑誌に他人の感謝を受ける資格なんてあるの?と。 

“谢谢你的杂志”は英語の直訳だと“Thank your magazine.”となりますが、英語ではそうは言わず先ず、先ず“Thank you(あなたにありがとう)”と言ってから、その理由を“for your magazine(雑誌のことで)”と補足説明するのです。

ですので、メアリーにしてみたら、その雑誌の所有者である「わたし」にこそ御礼を言われる権利があるのであって,雑誌にはそんな権利はないと言うわけですね。 

 それに対して、中国人の友達は、こう答えます。 

 从形式逻辑上说,你当然是对的,一点儿错也没有。但我讲的可的的确确是标准的、地道的、纯正的中国话,我们中国人都这么说,而且都知道,这是在感谢人,而不是感谢物(形式論理の点から言えば、あなたはもちろん正しい、少しも間違ってはいない。でも、わたしの話す中国語は間違いなく標準的な正真正銘の純粋の中国語です。私たち中国人はみなこう言うのです。しかも、これが人に感謝しているのであって、物に感謝を言っているのではないということを知っているのです。) 


 さらには、「なぜかは分からないけど、こう言うの!」と他の同様の例文を幾つかメアリーに教えました。 

 谢谢你的钢笔(报纸、手表、雨衣、自行车、望远镜……)。  

 谢谢你的好意(关照、帮助、指点……) 

それ以降メアリーはよくこの“谢谢你的XX”のパターンを使うようになりました。 

人からチョコレートをもらうと、“谢谢你的巧克力”、人からコンサートのチケットを譲ってもらうと、“谢谢你的票”といった具合に。 

 
 ある時、メアリーは万里の長城に行った時に、若い男の人が彼女の手を引っ張ってくれたので、やはり同じように谢谢你的手とお礼を言いました。ところが、その男の人は怪訝な顔をして言いました。什么?感谢我的手?为什么不直接说‘谢谢你? と。 

中国語とはなかなかややこしい言語だと思いませんか?もちろん、これはどの言語にもあることですが、言語を学ぶ時にはこうした微妙なところまでも気をつけたいものです。ところで、この話にはまだ続きがあります。 

 
 中国語は簡潔な表現を好むというのは一つの特徴ですが、メアリーもそのことから、“谢谢你的好意”の“你的”を省略しても構わないと考えました。そこで、“谢谢好意”とか“谢谢钢笔”“谢谢自行车”とか言ってみましたが、これも中国人の友達からは「そんなことは言わない」と言われてしまいました。“谢谢你”“谢谢你的好意”は言えても、“谢谢好意”はダメなんですね。 

実は“谢谢”以外にも、打扰你的时间了(あなたの時間を無駄にしましたね=お邪魔しました)でも同じような問題があるようです。中国語の練習も兼ねて、以下の中国語を見ておいて下さい。 

 有一次,丽丽有事来请玛丽帮忙。临走时,她对玛丽说:“对不起,打扰你的时间了。”玛丽说:“你又犯逻辑错误了。你打扰的是我。时间,time,没有生命,无法打扰。你是在时间这个东西上打扰了我。是disturb me,不是disturb time ! ” 
 丽丽哈哈大笑,说:“你要学中国话,就要跟我学,跟我说:打扰你的时间了!不要说:打扰你了,在时间这玩意儿上!” 这就是中国话的语言逻辑。 

(ある日、リリーが用事でマリーに助けを求めました。帰り際にリリーはマリーにこう言いました。「ごめんなさい、時間を邪魔しちゃったわね。」するとマリーが言いました。「また論理的なミスを犯してるわね。邪魔したのは私であって、時間じゃないわ。時間、つまりtimeは命がないから邪魔なんてされないの。だから『私を邪魔した』つまりdisturb me なのよ、disturb time じゃない!」 

 リリーは思わず大笑いして言いました。「中国語を勉強するなら、私の言うことを真似しなくちゃ。『時間を邪魔してごめんなさい』って言うのよ。『時間なんてものの上で私を邪魔した』なんて言わないの!」これが中国語の言語論理というわけです。) 。

内田 慶市(うちだ けいいち)/1951 年福井県生まれ。博士(文学)・博士(文化交渉学)。専攻は中国語学、文化交渉学。福井大学教育学部助教授、関西大学文学部・外国語学部教授、大学院東アジア文化研究科教授を歴任。2021年関西大学外国語学部特別契約教授定年退職。東アジア文化交渉学会常任副会長( 2009 年~)、中国語教育学会理事( 2016年3月~2020年2月)、関西大学アジア・オープン・リサーチセンター長( 2017年4月~)、日本中国語検定協会理事長(2020年6月~)。主著に『近代における東西言語文化接触の研究』(関西大学出版部、2001)、『文化交渉学と言語接触─中国言語学における周縁からのアプローチ』(関西大学出版部、2010)、『漢訳イソップ集』(ユニウス、2014)などがある。

今回紹介したコラムは『聴く中国語』2025年4月号に掲載しております。

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