いよいよ?とうとう?

バイリンガル日中ことば日記

 

 大家好!いかがお過ごしでしょうか。今月は筆者が先日感銘を受けたある先生のことばから、日本語の表現の豊かさについて、中国語と比較させつつ考えてみたいです。事の経緯はこうです。私が長年尊敬するある先生が年65歳にして、ついにケータイを携帯することになったのです。今では小学生でもケータイをもつのが当たり前のこの時代、65歳にして人生初のケータイを買い、人と随時に連絡がとれる生活をようやく謳歌し始めました(笑)。この門出を祝うべく、先生の友人である別の大先生がこんなことを仰っていました。

 これには「あっ、面白い!」と思わず笑ってしまいました。「ようやく、いよいよ、ついに、とうとう、やっと」という5つの表現。お互いに意味はちょっとずつ重なっていて、言い換えることもできますが、表現によって言おうとしていることが全く異なります。こんなふうに。

 いかがでしょうか。同じ事柄なのに、日本語ではこんなに多様な表現、言い表し方があるんだということを気づかされますね。1〜5の文はそれぞれニュアンスが異なるのに、それでいて、どれも「遅きに失した」や「今頃?!」という感じが出ているのがまた面白いです。日本語を学ぶ身として、日本語の表現の豊かさ、繊細さ、同時に使いこなすことの大変さをあらためて感じさせられました。日本語を熟知している日本人でなければ、決して思いつくことのない非常に洒落たジョークといえます。では、1〜5を中国語で表現するとしたらどうなりますか。がんばって訳してみます。

 1’〜5’は筆者が精一杯に捻り出した最大限の訳です。これ以上はもう言いようがない気がしますが、どうあがいても元の日本語のニュアンスを出せません。非常にもどかしい気持ちになります。日本語の豊富な語彙に対し、中国語ではこういう場合、“终于”“总算”と“才”くらいしか頭に浮かんできません。特に、2の「いよいよ」と4の「とうとう」は訳しにくいです。これらを“老师您买手机了啊/是吗?”のように副詞の“也”を使ったのは、「いよいよ」「とうとう」を直訳する代わりに、「あんなに頑なにケータイを拒んでいた先生ですらも、今となってはケータイをもつことに」、というニュアンスを出すためでした。しかし、「いよいよ」と「とうとう」は意味が同じというわけではなく、2と4の違いをどう出すべきか、という課題が残ります。ここでは、この両表現をうまく訳し分けられなかったリベンジとして、「いよいよ」と「とうとう」を使った別の文を中国語にしてみたいと思います。まずは、「いよいよ」の例を(以下の例はすべて「現代日本語書き言葉均衡コーパス」からピックアップ)。皆さんもよかったらご自身でまず訳してみてください。

皆さんなら、どんなふうに訳しますか。翻訳というのは正解がないような気がします。訳す人の受け止め方次第で如何様にもなります。筆者は6〜9の文を次のように訳しました。

  あくまで解答例の一つにすぎませんが、日本語ではすべて「いよいよ」を使った文であるのに対し、“终于”“就要”“迎来了”といった様々な表現を使って、ケースバイケースで言い表すことが必要です。但し、こうした言い換えは常に功を奏するとも限らず、「日本語の意味にピッタリ合う」というときもあれば、違和感が残るものもあります。次は、「とうとう」の例です。

やはりピッタリくることばが見つからないが、こんなふうに訳してみました。

 10の「とうとう」からは「結局、最終的には」の意味を感じたので、“到最后”にしました。11の「とうとう」は、文前半の「原因(睡眠不足)」と後半の「結果(風邪)」をつなげる役割をしているようなので、結果や様態を導く「動詞+目的語+動詞+得+結果表現」の構文を使いました。副詞の“都”は事態の深刻さを表しています。12の「とうとう」は「ついに」と似ているので、定番の“终于”を。ただし、「とうとう」がもっているネガティブなニュアンスは“终于”にはありません。

 こうして中国語に訳してみると、日本語は語彙が豊富なだけでなく、さらにそれぞれの語彙がもつ意味も一様ではなく、文脈によって微妙に意味合いが異なることに気づきます。「この日本語はこの中国語だ」というような一対一対応の関係ではないようです。ふう、日本語はやっぱり難しいです。では、また次回お会いしましょう。

1984年天津生まれ。14歳で来日。日本の中学、高校を卒業後、慶應義塾大学、同大学院へ進み、中国文学専攻で学ぶ。専門は中国語学、認知言語学。現在は中国語の文法に関する研究を行う傍ら、関東圏の大学で中国語を教える。自身が十代の頃に日本語という大きな外国語の「壁」にぶち当たった経験から、ことばの意味や外国語習得に強い関心をもつようになる。趣味はドラマ鑑賞、外国語学習。これまで、日本語や英語以外に、韓国語、フランス語、ドイツ語の学習歴をもつ。近年、言語学に関する書物を読みながら、生涯続けていける、楽しい外国語の学び方を日々模索中。単著に『勉強するほど面白くなる はじめての中国語』(2023年 新星出版社)、共著に『認知言語学を拓く』(2019年 くろしお出版)などがある。

今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2026年1月号に掲載しております。

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