中国語語学誌『聴く中国語』では日中異文化理解をテーマにしたコラムを連載しています。
今回は日本中国語検定協会理事長の内田慶市先生が執筆されたコラム、うっちーの中国語四方山話−異文化理解の観点から⑱身近なところにも中国語が―日本の漢字音 をご紹介します。
さて、皆さんも、日本語の漢字には「音読み」、「訓読み」があるのはご存知ですね?
例えば、「中国」の「中」を「チュウ」と読むのは「音読み」で、「なか」は「訓読み」、同じように「国」を「コク」と読むのは「音読み」で、「くに」は「訓読み」です。
では、「梅」はどうでしょうか?「梅干し」という場合の「梅」は「うめ」と読みますが、「梅林」は「バイリン」ですね。

「馬」は「馬乗り」では「うま」ですが、「馬券」は「バケン」で、「坂本龍馬」の「馬」は「マ」です。

「銭形平次」とか「安物買いの銭失い」の「銭」は「ぜに」ですが、「投げ銭」とかの「銭」は「セン」です。

これらは見たところで、「バ」「マ」「バイ」「セン」は音読みで、「うめ」「うま」「ぜに」は「訓読み」のように考えられますが、実は、どれも元々は「音読み」なのです。
現代中国語でも「馬」はmǎ、「梅」はméiですが、/m/は唇をしっかり閉じて、その後に母音が発音されます。「M」を日本語で表すとすれば「ム」になりますが、日本では昔は「馬」は「ムマ」、「梅」は「ムメ」と表記されていました。つまり,元々中国語の音なのです。
しかしながら、文化庁の「常用漢字表の音訓索引」(漢字の音または訓を入力して常用漢字の漢字を検索するもので、「音」から検索する場合には「カタカナ」で入力し、「訓」から検索する場合には「ひらがな」で入力することになっています)等では「うま」「うめ」を「訓」として扱っています。音読みをカタカナで、訓読みをひらがなで見出しを立てている『新潮国語辞典』では、ひらがなで表記しておいて「字音マ(メ)よりの転とする」という苦しい注記をしています。ただ、「銭」はカタカナで「ゼニ」として字音であることを明記しています。

『広辞苑』でも、それぞれの見出し語の説明で以下のような注を付けています。
うま[馬](「馬」の字音マによる語という)
うめ[梅](「梅」の呉音メに基づく語で、古くはムメとなる)
ぜに[銭](字音センのンをニと表記したもの)
ところで、この『広辞苑』の説明にも「呉音」というのが出てきていますが、日本の漢字音には3つの読みがあります。

呉音、漢音、唐宋音と呼ばれますが、呉音は中国の六朝時代末の音で、『万葉集』や仏典はこの音が使われています。漢音は8世紀唐代の長安(現在の西安)の音で、いわゆる「正統な音」の地位を占めています。唐宋音は、10世紀の江南地方の音で、禅宗などの仏典ではこの音が使われます。いずれも当時の中国の音を反映したものです。
例えば、呉音と漢音の違いは次のようになります。
(呉音)経文(キョウモン)、文書(モンジョ)、金色(コンジキ)、今昔(コンジャク)
(漢音)経書(ケイショ)、文章(ブンショウ)、金銀(キンギン)、古今(コキン)
(呉音)世間(セケン)、正体(ショウタイ)、成就(ジョウジュ)、殺生(セッショウ)
(漢音)中間(チュウカン)、正方(セイホウ)、成功(セイコウ)、 生殺(セイサツ)
(呉音)燈明(トウミョウ)、末期(マツゴ)
(漢音)明白(メイハク)、期間(キカン)
呉音と漢音を区別する方法としては、例えば、「ナ行で始まる音読みとザ行で始まる音読みの2つがある場合、ナ行の方が呉音、ザ行の方が漢音である(例:日=ニチ・ジツ、然=ネン・ゼン、若=ニャク・ジャク)」といった簡単に見分ける方法が幾つかあるのですが、ここでは紙幅の関係で省略します。
唐宋音としては、「行脚(アンギャ)」「行灯(アンドン)」「椅子(イス)」「炬燵(コタツ)」「暖簾(ノレン)」といったものが挙げられます。「安普請」の「普請(ブシン)」も唐宋音です。永平寺とかの禅寺では「法堂」を「ハットウ」と言いますが、これも同じです。
最後に「日本円」と「中国元」についても触れておきます。実は「円」と「元」はいずれも元の漢字(正字)は「圓」なんですね。まったく違う通貨の単位と思いがちですが、元は同じ漢字なのです。

今回紹介したコラムは『聴く中国語』2025年9月号に掲載しております。





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