みなさんは、中国で祝い事や感謝のしるしに、お世話になった相手へ深紅の旗“锦旗(きんき)”を贈る風習があるのをご存じでしょうか。「錦旗」とは優勝旗のような旗で、贈り主が考えた感謝の言葉が大きく金字で添えられたものです。
「錦旗」の言葉は日本の感謝状のような定型文ではなく、型にとらわれず世相を反映したものになります。そのため、中国映像作品の中でもたびたび重要な小道具として登場します。

例えば、密輸した治療薬で多くの白血病患者を救った実在の男性がモデルの映画「薬の神じゃない!(原題:我不是药神!)」(2018年)。本作には、主人公の運命を暗示する象徴的なアイテムとして「錦旗」が登場します。
劇中、患者たちから主人公へ贈られる「錦旗」。そこには“仁心妙手普众生,徒留人间万古老(慈悲に満ちた素晴らしい手腕で人々を救い、その名を後世まで残す)”と書かれています。実はモデルとなった事件は発覚後、薬品販売などに関する規程改正のきっかけとなりました。「錦旗」に書かれた感謝の言葉は、主人公のその後を示唆していたのです。

一方、コメディ映画“宇宙探索編集部(原題:宇宙探索编辑部)”(‘21年)では、人物像に深みを与える役割として「錦旗」が登場します。落ち目のオカルト雑誌編集長と編集部員の地球外生命体探索劇をシュールに描き、異例の大ヒットとなりました。
冒頭、編集室の壁に掛かる「錦旗」が映り、そこには“纸张精良,诚信经营(上質な紙、誠実な経営)”との文字。
その後、調査の無意味さをパートの女性編集部員に揶揄される際、アップでうつされる「拾金不昧(お金を拾ってもねこばばしない)」と書かれたもう一つの「錦旗」。これは編集長が長期調査でUFOの代わりに偶然見つけた、財布の落とし主から贈られたものです。
目くじらを立てる部員に何も言い返せない編集長が、どこか母親に怒られる少年のようで思わずクスッと笑えるシーンです。 「錦旗」を使って、編集長の真面目さをユーモラスに描いています。

人望の厚さを示す「錦旗」ですが、小道具としてシニカルな演出にも使われます。
欲に駆られ、人を欺く者の姿が執拗に描かれた映画「西湖畔に生きる(原題:草木人间)」(‘23年)。大学を卒業したばかりの主人公が就職した先は、老人に健康グッズを売りさばく悪徳業者です。
従業員たちが声高らかに健康グッズの効果を訴える店内には、壁一面に「亲人般的呵护,家人般的温暖(恋人のような介護、家族のような温もり)」などと書かれたさまざまな「錦旗」が。本来は信頼度の証明のような「錦旗」が、詐欺業者が掲げると、うさん臭い存在に見えてくるのです。
ファッション用語では、ベースカラーにアクセントを加える色を「差し色」といいますが、「錦旗」もまた、映画をより魅力的にする「差し色」なのです。
小道具に注目するのもひとつの楽しみ方といえるのではないでしょうか。映画やドラマを何回も見返すと新たな発見が隠れているかもしれませんよ。
それではまた、次号でお会いしましょう。再見!
西木南瓜(さいき かぼちゃ)
SNSクリエイター・コラムニスト。名古屋在住。アジアの映画をこよなく愛する影迷(映画ファン)。上海外国語大学修士課程修了後、中国語講師を経て映画公式SNSの運用代行や宣伝企画、広告プランニングなどで活動中。
今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2025年1月号に掲載しております。

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