数年前から日本のECサイト(販売サイト)でも散見される中国語「網紅(ワンホン)」。正式名称は「網絡紅人」、日本でいうインフルエンサーです。彼らが中国のライブコマース(配信型販売)でもたらす経済効果は桁違い。映像作品でもその存在は浸透し、様々な切り口で登場します。今回は、ワンホンの世界が垣間見えるドラマを紹介。

ドラマ「愛なんて、ただそれだけのこと(爱情而已)」(2023年)は、22歳のスポーツマン宋三川(ソン・サンチュアン)と、32歳キャリアウーマン梁友安(リャン・ヨウアン)の二人が織りなすラブロマンス。ヨウアンは仕事も恋も年の差も、なんのその。次々とその壁を乗り越える姿は、多くの視聴者の心を掴みました。一方で、本作はラブロマンスと絡ませながら、 “SNS映え”のために虚飾の人生を演じる女性の危うさも、あえてSNS主導の配信ドラマで描いています。

ヨウアンの腹違いの妹、梁桃(リャン・タオ)はドラマ内の「憎まれ役」。ヨウアンが過去に父から30万元借りたことを理由に金をせびり、SNS映えを狙ってヨウアンの自宅を撮影するなどやりたい放題。タオにとってSNS投稿は、ワンホンとして有名になるという夢をかなえるための手段。成金二世のふりをして「ニセ」セレブ生活をSNSに投稿する日々を送っています。

彼女が配信道具をキャリーに詰め、高級車やブランド品を探し回る姿は滑稽ですが本人にとっては重要な活動なのです。しかし、ライブコマースは、店舗や生産者が直接配信者として活躍する場になりました。誰でも手軽に配信できる時代に、自分の知名度だけでネットビジネスにつなげることは、ますます厳しくなってきています。ドラマの中でもその苦労が描かれ、タオは有名なワンホンとなるため、マネジメント会社に所属します。所属後は、会社が売り出し中の男性ワンホンとビジネスカップルを組まされたり、整形の提案を持ちかけられたり。SNSの反応に応じて、今まで作り上げたネット上の自分像も変えることを強要されます。

ヨウアンとは腹違いで、周囲から「愛人の子」と後ろ指をさされて育ったタオ。彼女がここまでしてワンホンの活動にしがみつくのは、自分が歩みたくても歩めなかった人生を、SNSの中だけでも味わいたかったからではないでしょうか。
タオがヨウアンの職場への入社をせがんだり、彼女の部屋を自分の部屋であるかのようにSNSへ投稿したりしていたのも、ヨウアンの人生をなぞってみたかったからかもしれません。
高性能な端末が普及し、ネットの世界は今や、ほとんどの人にとって身近な存在になりました。しかし、ネットタトゥーという言葉があるように、一度SNSへ流したものはそう簡単には消えません。物語終盤ではタオの小さな経歴詐称が、トラブルにつながるエピソードも登場します。ドラマは配信画面越しに、警鐘を鳴らしているようにも見えます。しかし、そういった危機感を感じ取れる視聴者は、今の社会でどれだけいるのでしょうか。
一口メモ:
タオの詐称していた成金二世のことを、中国では「富二代」、もしくは「官二代」と言います。前者は民間企業の御曹司などを表すのに対し、後者は高官の子女に限定された言い方です。ちなみに、一代で財産を築いた親世代のことは「創一代」と言われています。
西木南瓜(さいき かぼちゃ)
SNSクリエイター・コラムニスト。名古屋在住。アジアの映画をこよなく愛する影迷(映画ファン)。上海外国語大学修士課程修了後、中国語講師を経て映画公式SNSの運用代行や宣伝企画、広告プランニングなどで活動中。
今回紹介したコラムは『聴く中国語』2025年4月号に掲載しております。

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