影視で知ろう中国文化④父の残像を映す「大坑舞火龍(ファイヤー・ドラゴン・ダンス)」映画『花椒の味』で見る中国人の中秋節

コラム

 先日、はじめて映画『花椒の味』を見ました。題名の「花椒(ホアジャオ)」は火鍋の麻辣味に欠かせない「麻(痺れる辛さ)」を作る香辛料。さて、今回はあえて花椒ではなく、映画に登場する伝統行事の大坑舞火龍(ファイヤー・ドラゴン・ダンス)について紐解いていきます。

 映画『花椒の味』は2019年に公開され、第39回香港電影金像奨の11部門にノミネートされるなど高評価を得ました。父の死をきっかけに互いの存在を知った3人の異母姉妹。それぞれが父との思い出を語り、父を失った「心の痛み」を互いに癒していく情景をコミカルかつ感動的に描きます。   

 映画の冒頭にさりげなく、されど豪快に映し出されるのは、火の粉を舞わせて街を駆け巡る『大坑舞火龍』

 大坑舞火龍とは、140年以上の歴史を持つ香港は大坑(タイハン)の伝統行事で、中国の無形文化遺産のひとつ。客家人の間で伝わる民俗風習、龍舞(ドラゴン・ダンス)から派生して生まれました。龍舞は春節(旧正月)など祝いの場で行われ、幸運や無病息災を願う行事。型組に布を張った全長18メートルの龍を10人程度で操り「龍珠」と呼ばれる球を追いかけるように踊ります。

 おもに華人・華僑を中心に文化が伝わり、中国をはじめアジア諸国を含むその他の地域で独自の進化を遂げながら伝わっていきました。日本にも伝来しており、長崎県の祭礼「長崎くんち」で行われる演し物の一つ「龍踊り(じゃおどり)」があります。

 大坑舞火龍は毎年旧暦8月15日(今年2024年は9月17日)の「中秋節」をまたぐ三日三晩、線香を刺して作った龍を人々が担ぎ、街を練り歩きます。もともと中秋節は「団欒節」とも言われ、一家団らんのひと時を過ごす日。大坑舞火龍の起源は、大坑地区にあった客家の漁村が台風被害に遭い、その後流行した疫病を鎮めるための儀式でした。

 その所以から、全長67メートルにも達する龍の身体は、竹を束ねた躯体に解熱剤に使われる珍珠草(コミカンソウ)を張り巡らせ、お参りで使われる長太い長寿香をさして作り上げています。線香から火の粉を舞わせながら、300人の健儿(担ぎ手)が代わるがわる踊る姿は圧巻。使用した線香は、行事が終わると「幸福」の証として観客に配られます。

映画のラスト、再び登場した大坑舞火龍のシーンは、長女ユーシューの心に遺る生前の父との思い出だったことが分かります。父が死んで1年後の中秋節、言えなかった本音を踊る火龍に映る生前の父の残像へ投げかけるユーシュー。

家庭を顧みなかった父を許せず葬儀でも一人涙を流せなかった彼女の叫ぶシーンは、彼女が家族として亡き父にお別れを告げられた瞬間だったのではないでしょうか。

映画『花椒の味』予告編

それでは次回もお楽しみに、再见!

西木南瓜(さいき かぼちゃ)

SNSクリエイター・コラムニスト。名古屋在住。アジアの映画をこよなく愛する影迷(映画ファン)。上海外国語大学修士課程修了後、中国語講師を経て映画公式SNSの運用代行や宣伝企画、広告プランニングなどで活動中。

今回紹介した先生のコラムは『聴く中国語』2024年11月号に掲載しております。

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